とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

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研究者の集まり

昨日は、私の指導教授の主宰する定期的な研究会があった。
その研究会の発表テーマは多岐にわたり、
それなりに勉強になっておもしろい。
また、そのあとの飲み会も研究者仲間の忌憚のない意見が飛び交って
刺激的でおもしろい。

この研究会は、研究会にしてはめずらしく「社会変革」をかかげていて、
つまらない研究者の研究のための集まりとは違うと思う。
でも、実践者の私としては腹の立つこともけっこうある。
やはり社会変革というのは、政策決定に関わる人たちの層を見ることだけで
いいと思っているような節があるからだろう。
社会の構成員の圧倒的多数はそんなものに関わっていないというのに、
である。

確かに理論を構築して、それなりの言葉でせめるという運動性を
もった研究はとても意義があるし、
私もそのための手法を身につけるために論文を書こうとしている。

でも、それだけでは社会は本当には変わらないと思う。
ひとりひとりの気持ちの中の共感を得るプロセスを経ないで
いくら法律や施策ができても、それは生きたものにならないし、
状況が変わると簡単に変わってしまう。
移民については先進的な法律を多く制定しているヨーロッパから見える
反省点はまさにそこだと思う。

つまり、いくらゴミの分別の必要性が認められてルールが出来て義務
づけられても、
ひとりひとりの住民が、どうして分別しなければならないかを、
身をもって感じないと守らないのだから。

団塊の世代に革命を志した人ほど、「笛ふけど、踊らず」と、
その部分を諦めているような気がする。
確かにその部分は気の遠くなるような難しい課題であるが、
そのことを念頭に運動をしなければいけないのだと思う。
だから、入り口になるようなわかりやすいプログラムをたくさん用意する
ことも大切なのである。

今日もそういう議論になって、なかなか理解してもらえず
ちょっと悲しかった。
だけど、研究者にこそ、そのことをわかって、
わかった上で理論を構築していってほしいと思うから、
あきらめたくない。
別窓 | 研究のこと | コメント:2 | トラックバック:0
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この記事のコメント

そうか。京都で闘ってるんだ。
ヨーゼフは実は気が短いので、とてもできない仕事です。だから、これまでも、これからも応援を続けていくのだ。
2006-04-02 Sun 23:11 | URL | ヨーゼフ #-[ 内容変更] | top↑
うん。とみちゃんは気が長いからね。
2006-07-15 Sat 23:26 | URL | とみちゃん #-[ 内容変更] | top↑
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