とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

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市民活動ということ

1990年の入管法改正以降に来日した日系南米人との
さまざまな活動から始まり、
1995年の阪神・淡路大震災を経て、
私の市民活動歴というような経験も23年に
なろうとしている。

神戸の地震では私も被災者のひとりではあったが、
救援基地のボランティア活動の1年半の間に、
ラジオ局の立ち上げにも関わった。
その後、半年はユーラシア大陸からのラジオ中継もした。

1997年からは、多文化共生のまちづくりという目的で
市民活動団体を主宰して今に至る。
2003年には、一念発起をして大学院へ進学して修士号を取得、
同じ年に、
ラジオ局の経営破綻や運営の方向性の軌道修正のために
再建にも関わった。
2005年からは博士課程後期に進み2008年に博士号取得、
2008年には始めての単著も出版できた。

この歴史の中で、自分自身の人生は大きく変わった。
私の関わってきた市民活動の歴史は、
さまざまなところで記録に残り、また発信もしてきた。
それが、正しかったのかどうかはわからないが、
少なくとも仲間たちとともに納得はしてきた。

多くの善意の仲間たちの中には、善意であるがゆえに
連携をできなかった人たちもいる。
そして、自分が関わってきた活動の歴史が、
完璧に事実誤認されて思わぬ中傷になって戻ってくる
こともある。
その相手が研究者だったりすると、
きちんとした調査や裏付けのないままに、
直接伝えるのではなく、論文でもなく
ネット上やメールで書き込む卑怯さに、
怒りよりも哀れみを感じてしまう。
そういうふうに感じさせてしまう何かが自分に
あるのだと落ち込むこともある。
でも、なかなかキャラクターは変えられない。
もちろん自分が完璧な人間になれるはずもない。

市民活動に関わる人たちはみんな、強い思いを持って
関わることが多い。
社会変革ではなく、自己実現のための場になって
権力化してしまってもそれに気づかないこともある。
その結果、はじき出された人は納得できなくなり、
それが妬みとなることもあるかもしれない。

現在は、大学の教員という立場にもなり、
大学と市民活動や地域住民とをどのようにつないでいくか、
これまでの経験やつながりを生かせる、
私に与えられた仕事である。

今後も、自分自身への戒めを忘れず、
関係のない雑音には振り回されることなく、
自分なりの市民活動を続けたいとあらためて思う。

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