とみちゃんのラテンな日々

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在日への配慮って?

私は日常的に、会う人には名刺をまめに渡すタイプである。
今の所属と肩書きは、
市民団体の代表、大学の特任准教授、旅行会社の顧問、などで、
市民団体と大学の名刺の両方を出すことが多い。

特に大学は、この2月から着任し4月からは常勤になるので、
報告と挨拶も兼ねて、会う人ごとに名刺を渡すようにしている。

それは、相手が誰であろうとそうしているし、
その新しい所属の立場として、また何か違う情報をもらえたり、
声をかけてもらうこともあると思うからである。

先日、友人の大学の先生に、
大学の名刺を在日韓国人に渡したことを、「配慮がない」と
叱られた。
その在日女性は著名な人だが、彼によると、
幼い頃から貧困生活を経験し、ずいぶん苦労をして家族を支え、
今では多くの本を出しているが、非常に傷つきやすい人だと言う。
これまで、彼女に大学の先生の職の話もあったにもかかわらず、
在日であるということを理由につけなかった経験があるらしい。

彼は、いつも彼女のことを「本当にかわいそうだ」と言って、
長い間支えてきた信頼関係にあるとのこと。
彼は「在日の人たちのその気持ちにもっと寄り添え」と言う。

では、「寄り添う」とは、どういう状態をいうのだろうか。
それは、私が在日の人にだけ大学の名刺を渡さず、
私が大学の職についたことを隠すことなのだろうか。
日本の社会では、転職や転勤などについては、その挨拶をする。
それを在日の人にだけしないことは、失礼ではないのか。

彼の言葉にまったく納得できない私が感じたのは、
彼自身が「大学」という自分の職が、社会の中では権威で
特別な立場だと思いあがっていること、
そして、そのような「上の立場」から「かわいそう」な人を、
守ってあげなければという奢りがあること、である。
たとえ多くの弱者を支えるための行動をしていたとしても。

私自身は、無償のボランティアから今の活動を始め、
ようやく人並みの給料や社会保障へと団体の雇用を改善し、
市民活動をして生活ができるように努力をした16年だった。

市民団体という組織で働く職員が、並列に対等な関係で
業務とミッションを共有できる組織のボリュームの限界が、
20名までではないかと思う。
それ以上になるとヒエラルキーにならざるを得ず、
会社組織になっていくからだ。

現在の自分の団体のボリュームはすでにこの限界にきており、
そろそろ、その団体の中で一番給料の高い私自身から
団体を退く方向性を探さなければならない。

2003年に一念発起をして大学院に入って修士取得、
2005年からは博士課程へと進んで2008年には博士号を取得した。
要領よく取得ができた方だと思うが、5年間、自分の団体の経営の
かたわらの取得は、少なからず大変だった。

それでも、実践の整理/理論付けという意味で行ってよかったと
思うし、その甲斐があって転職ができた。
そのことは、素直に嬉しいと思っている。
大学を選んだのは、今までの市民活動の経験を教育に活かせると
考えたからだった。

今後は、その立場を活かし、自分なりに社会を変えることに
関わって生きていきたいと思う。
その私にとって、彼の「在日への配慮」論は、
「人間の優しさ」とは何かを考えさせられる反面教師となった。

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