とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

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はじめての「ひめゆりの塔」

はじめて「ひめゆりの塔」に行った。
もう80才代になる当時女学生だった方が、ボランティアで
資料館でお話をしてくださるのを聞くこともできた。

沖縄の人たちが、戦後65年、毎日をどのように過ごしてきたのか、
私たちは本当に自分たちの問題として考えてきたのだろうか?
基地の問題も、自分のことだと感じているだろうか。

先日、国際交流協会の職員研修で、
「多文化共生と国際交流協会のあり方」というタイトルでの
お話をした。
またその二日後に、ある地域の人権研修として、
「共生のまちづくり-誰もが自分に誇りをもてるまち-」という
お話をした。
いずれも、外国にルーツをもつ多様な住民も含む地域住民の
これからのまちづくりに関わるお話で、切り口となる事例は
少し変えつつも、根本的には同じ話しだった。

とくに、国際交流協会の職員という立場の人たちには、
日頃からこのテーマを身近に考えているに違いないからこそ、
単なる活動プログラムや表面的な課題への対症療法的な話しではなく、
そもそも「多文化共生」とはどういうことなのか、
きれいごとではなく本音で自分の関わる姿勢のようなものを
考える機会にしたかった。

しかし、協会の方の一部の人ではあるが、
「外国人が職をうしなうと、犯罪に走る心配があるから」とか、
「日系人の帰国支援事業のような関係のない話しではなく、もっと
 身近なテーマで」とかの声が聞こえてきた。

一方、地域の方は、
「日常から考えている人権に関することがわかりやすく整理され、
具体的に裏付けされるようで、自信がもてた。」
「双方向のコミュニケーションに同感」
との感想を聞いた。

聞きにきてくれた人たちは、まちがいなく善意の人たちである。

日常から、自分たちの暮らしている社会の現状や、
その社会に自分がどのように関わるのか、そういう視点の大切さを
感じているかどうか、
そこへの無関心が実は一番怖いのかもしれない。

沖縄に来て、自分に対しても同じことを実感した。

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