とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨

多文化共生全国見本市

第2回 多文化共生地域会議~多文化共生全国見本市~が、
9月11,12日に全国市町村国際文化研修所(JIAM) にて開催された。
http://www.jiam.jp/workshop/seminar/21/tr09107.html
これは、(特活)多文化共生マネージャー全国協議会(NPOタブマネ)が
主催したもので、私も理事のひとりである。

残念ながら1日目の発表には参加できなかったが、
2日目の発表とパネルディスカッションにパネラーとして参加して
阪神・淡路大震災からの15年に思いを馳せた。

今の自分のライフスタイルは、あの震災で変わった。
自分の国籍やら所属やら環境やら性別に関わらず、
みんなが被災者になった震災だった。
その後の復興に関わる過程で、私にとって大きく変わったのは、
やはり市民活動が自分の仕事になったということと、
多言語コミュニティラジオ局FMわぃわぃ立ち上げの仲間のひとりと
結婚したことだろう。
そして、この活動の過程でに大学院博士課程を修了するなんてことは、
予想外のことだった。

状況変化以外に、私の認識も大きく変わった。
日系南米人との色濃いおつきあいは領事館勤務時代からのものだが、
私がたまたまスペイン語に関係しているから生じる特別な関係だと
思っていたことが、
実はそれ以外の外国にルーツをもつ多様な住民との、
誰にでも関係のある現象だと気づいたこと、
自分の住んでいる地域の「自治」という、以前は「めんどうだ」と
思い込んでいたことが、大切で楽しいことだということ、
地域の多様さというのは、外国に関わることだけではないということ、
どんな人にもその人ならではのすばらしい「力」があること、
その「力」が、まだまだ社会に活かされていないこと、 などなど。

12日のパネルディスカッションでは、
「多文化共生社会」という言葉が震災を機に広がって15年が経ち、
その意味が、いわゆる外国人支援のことではなく、
すべての地域社会のことだということに
多くの人も気づいてきたのだという時の流れを感じた。

性別、しょうがい、国籍、ルーツ、病気、経済状況、職業、被差別部落。。。。
さまざまな理由で排除されている少数者たち、
誰もが、自分もあるときは少数者側にいる場合もある。

「誰もが自分に誇りを持ち、自分が活かされる、人権が守られた社会」
おそらくまだまだ完成型にはならないであろう社会をめざして、
これからも毎日、小さな実感をともなうしかけづくりにいそしむのだろう、
とあらためて思う。
そのプロセスに関わる自分の仕事にも誇りをもとうと思う。



別窓 | 仕事のこと | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
<<階下の部屋改装完了! | とみちゃんのラテンな日々 | インドネシア報告(4)>>

この記事のコメント

∧top | under∨
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| とみちゃんのラテンな日々 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。