とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

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研究会アピール

このところ、固い話題の多いブログだが、
やっぱり今日もちょっと固い内容。。。。。

ある研究会で、今の不況の中で特に外国人の失職に関して
何か提言するようなアピールの時間を、ということで
少しお話しする時間をもらった。

短い時間なので、現在の日本における失職状況について、
とくに日系人の状況と対応策についてかいつまんで話した。
そして、「多文化共生」という言葉がめずらしくなくなり、
情報を多言語にする自治体の動きもかなり早くなってきた状況も話す。
しかし、今のような経済的に不安定な時になると一方で
派遣労働の多い外国人の失職者がかなりの数になっているのである。
言葉や国籍などによって、不利な状況もあり、
職と住居を同時になくした人も多い。
国籍に限っていえば、すでに日本国籍の日系人はかなり多い。
この状況では、「外国人」だとか「日本人」だとか
言ってる場合じゃない。お互いに助け合わなければならない。
「多文化共生」は、今ほんとうの意味で試されようとしている。

と、このように話したら、意見がひとつ。
「国籍が違うんだから職がなくなってもしょうがない」。。。。。

私がよく講演で紹介する人権意識調査の数字によると
1.「日本国籍を持たない人でも日本人と同じように人権は守るべきだ」
→「はい」わずか59.3%     
2.「日本に居住している外国人が不利益な扱いを受ける事があるが、
どう思うか」
→風習/習慣や経済状態が違うのでやむを得ない 33.7%
(内閣府「2007年人権擁護に関する世論調査」より)
とある。
まさに、その「先生」の意見はこの1.の問いに「はい」と
答えなかった人と同じで、実に日本人の4割なのだから、
決して少数派ではない。

この人達にとって、国籍は人権にも勝るという考えなのだ。
ここに日本人の、人権意識の低さが顕著にあらわれていると思う。
1947年の世界人権宣言ののちにできた国際人権規約に、
日本が世界に大きく遅れを取ってそれに批准したのは1979年。
日本はどうしてこんなにも遅れを取ったのだろうか。
世界中が国家というカテゴリーで成り立っている以上、
確かに国籍で選挙権など制限はやむを得ないかもしれない。
でも少なくとも人としての基本的な「人権」という概念は、
国籍に関わらず守られるべきなのだ、
という、私や私のまわりの人達にしたらあたりまえのことは、
日常生活のちいさな経験の中で実感をともなってひとりでも
多く理解していってほしい、と思う。

先の感想を述べた人は、ある公立の大学で教えている先生。
私はその無知な意見に対しての、理論的説明をあえてする気力さえ
なかった。
だけど、このことは、次の講演のネタにしてやろうと密かに思う
のであった。


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