とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

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運動の邪魔になる?

もうすぐ、ありがたいことに私の博士論文をベースに
した本が出版されることになった。
現在、そのリライト中である。
で、私の長年の活動仲間(と私は思っている)に
写真提供のお願いをしたら、
私の論文の内容が
「制度が変わらずして人の意識を変える
ことができないからと続けてきた運動と相反する内容で、
運動の妨げになるから協力しない」
という厳しい批判を受けた。

私自身は論文の中でも述べているように、
いわゆる「外国人の人権運動」に関わる歴史や
裁判などで勝ち取って来た制度/法律にはあえて
深くは掘り下げず、また現状にも触れず、
あくまで運動家の動きに関心のうすい一般的な住民が、
ひとりでも多く関心をもつプロセスに主眼をおく。
もちろん制度/法律を変えることは言うまでもなく
目標であることに間違いはないが、
それだけでは人の本音が隠れてしまうだけで、
本当に人の意識が変わっているわけではない。
強要された制度であればあるほど本音は隠されていく。
一人でも多くの人に、納得した制度として守られるためには、
同時に人の意識もともなったものにしておくことが
いかに大切かを私は伝えたいのである。

確かに人の意識が変わるには非常に時間がかかる。
つまり、人の意識が変わらないから制度を変えるために
運動をするという論理からすると、
人の意識が変わって制度を作ることを目標とすることとは、
手法が逆だということなのだろう。

しかし、制度が先か人の意識が先なのかということではなく、
それは車の両輪のようにしっかりとバランスを持ってして
社会が本当に変わると思うのである。
生ぬるいかもしれない市民活動でも、それが徐々に
広がることの手応えを私が感じているからである。
政府主導でできた制度が、多くの市民の本音の前では
脆いことも実感しているからである。

とはいえ、
とくに指摘された人種概念の既述は確かに浅く、
理論展開にも無理があり、考え直す必要のある部分でも
あったことは認める。
出版にあたっては誤解のないような表現に変えた方が
よかったということにも気づかされたわけで、
それを認めるのは何とも腹立たしのだけど、
そういう意味では、今回の批判は大変ありがたかったと
悔しいながらも結局は感謝する気持ちになった私であった。






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