|
|
プロフィール |
|
- Author:吉富志津代
- 北海道/阿寒湖にて。ラテン大好き。市民活動が仕事。大学でも教えてます。ずっと関わってきたスペイン語の世界が今の日常の広がりに繋がっています。
|
|
最近の記事 |
|
|
|
最近のコメント |
|
|
|
最近のトラックバック |
|
|
|
月別アーカイブ |
|
|
|
カテゴリー |
|
|
|
ブログ内検索 |
|
|
|
RSSフィード |
|
|
|
|
| ブラジル移住100周年 |
1908年4月28日、今からちょうど100年前、 神戸の港からブラジルへ向けた移民船「笠戸丸」が 781名の移民を乗せて南米へ向けて出発した。 全国で、そして神戸でもこれを記念してさまざまな行事が 行われている。
4月27日は、 私が深く関わってきた関西ブラジル人コミュニティの 主催するイベントのために一日中メリケンパークにいた。 岐阜県や広島などの各地から日系南米人が集まってきた。 この港から南米に渡った親や祖父母を思う彼らの心の底は どのようなものか、私には計り知れない。
でも、私自身もこの日系南米人との関わりで人生が 大きく変わったという別の感慨があった。 大学を卒業して就職したのが当時神戸にあった アルゼンチン総領事館。 その後も南米とのつながりは続き、 1990年頃からの急激な日系南米人の来日時は たまたまボリビア名誉総領事館にいた。
1995年の震災を経て、ますます多くの 日系南米人との今の市民活動が仕事となり、 さまざまな日常へと広がる。 そしてそれを機に大学院に進学、 博士論文の研究テーマもブラジル人の自助組織を 事例とした多文化共生政策。
100年前の南米への移民政策という歴史がなかったら、 1990年の入管法一部改正による「デカセギ」という 現象がなかったら、今の私はまったく違う人生を 歩いていたかもしれない。
ラテンが好きで、スペイン語を学び、 歴史的背景と経済状況との関わりの中で今の私がある。 私の活動持論の責任のためにも、 今後の自助組織のあり方を問い、 課題を考えて見極めてみたいと思う。
|
|
|