とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨

どう思います?

いろいろな会議やセミナーなどの場で、
全体的な時間配分を無視して自分の関心亊だけのために
長い時間を費やすことについて、
何も感じない人は必ずいるものだ。
こういう人は、今のはやりの言葉で表現すると
「KY」(空気読めない)と呼ばれる人なんだろう。
日本社会では、自分の意見を伝えなければならない場でも
きちんとわかりやすく主張できない人は確かに多く、
そういったプレゼンテーション能力や
会議での自分の意見をしっかりと伝える能力を身につける
ことは必要だが、
全体のことを考えずに自己満足のために時間を費やすこととは
別の次元のことだと思う。

先日ある研究会で、KY的な質問をだらだらすることの多い人が
またいつもと同様に時間を使っていた。
しかもそういう人に限って、本人は自分がすばらしい質問を
していると思っているらしいことがうかがえる。
もちろん質問がすばらしいものばかりである必要はないわけで、
それはいっこうにかまわず質問はする方がいいとは思う。
しかしこの人については、過去にも質問している時に
一度赤裸々に注意をされている場面を私もみたこともあった。

しかし、その後の懇親会での自己紹介でも、やはり同じように
ひとりで何分も話していたのを見かねて、
ある年長の先生があえてちゃかして注意をした。
そして、私もその年長者の一人として、彼の「社会性」に
ついて少しちゃかして同意した。

すると、彼は研究者としては新米の私のその言葉が
気に入らなかったらしく、そのあとで文句の電話をかけてきたのだ!

私なら、そういう言葉は自分の反省すべきこととして
気をつけようと思うところ、その人にとっては
ただ人を馬鹿にする「失礼なこと」だったらしい。
かくして私は年齢が一回りも下のこの研究者から
「失礼なことを言わないように」と「注意」をうけたわけである。
しかもこの研究者は、自分の先輩にあたる教授陣が
自分のことをいつもボロカスに言ってからかう、と
真剣に悩んでいると嘆く。
決してそれを自分への戒めであることには思い至らない。
あくまでも鈍感。
この人は、逆に言うと悪気のない「いい人」であることは
まちがいない。

やれやれと思いつつ、本音を言っても理解できないだろう、
このタイプの人には「それは失礼」と、とりあえず
謝ってしまう私がまた自分でも納得できないような
何とも後味の悪いできごとであった。

この研究者には私が希望したわけではないが、
実は論文をチェックしてもらうという関係もあった。
結果的に、一生懸命にチェックしてくれたことへの
感謝の気持ちには偽りはないが、残念ながら
内容的には大した参考になったわけではなかったことも
やはり言えず、それでもひたすら感謝の言葉を述べている自分。

こうして勘違いが積み重なり、このような「偉い人」は
製造され、気づくときっと周りから真実を言ってくれる人が
離れていくという寂しい結果になるのではないだろうか、
と自分のことに置き換えて、心配しつつ
つくづく気をつけようと思った次第である。

別窓 | 日常のできごと | コメント:2 | トラックバック:0
∧top | under∨
<<ブラジル移住100周年 | とみちゃんのラテンな日々 | 学位授与式>>

この記事のコメント

いつの世でもこんなやつがいるもので何の改革もなく、このまま年をとっていくからこわいもんだ。焼かな直らんやつばっかしや。こういうのに限って長生きしよるんや。近付いたらあかん、遠ざけるこっちゃ。うちの仲間にもKYが一人おるねん。こまったこまったこまどり姉妹。
2008-04-12 Sat 00:17 | URL | 八兵衛 #-[ 内容変更] | top↑
なーるほど。よおくわかりました。コメントありがとうございます!
2008-04-12 Sat 00:18 | URL | とみちゃん #-[ 内容変更] | top↑
∧top | under∨
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| とみちゃんのラテンな日々 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。