とみちゃんのラテンな日々

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移民祭

4月29日、関西ブラジル人コミュニティ主催の「移民祭2007」が
行われた。
関西ブラジル人コミュニティが、
2003年4月にワールドキッズコミュニティから独立して
旧神戸移住センターに事務所を移してから毎年行われていて、
私も欠かさず参加してきた。
今日は都合で最初から参加することができず、着いたときは
歌手の中平マリ子さんの歌も佳境に入ったプログラムの最後の方だった。

その歌が終わって、最後に代表のマリナさんの挨拶が始まる。
このころは、みんな感動の面もちでマリナさんも感涙。
その挨拶の中で彼女は
「今日は本当に嬉しい。移民の歴史をできるだけたくさんの人に
知ってほしい、という私の願いがみんなのおかげでかなえられている。
私がこの活動をはじめるきっかけをつくってくれた吉富さんもきてくれて
ありがとう。。。。」

そうだった。
マリナさんに「ブラジル人コミュニティをつくってほしい」と
スタッフになってもらって一緒に仕事をした4年間、そして独立してからも
彼女にときどき「あなたが、この活動に私を誘ったばっかりに、
私はこんなに忙しく、家庭のこともきちんとできずにしんどい。
あなたによって人生が変わった。」
と言われてきた。
それは私にとって、実はかなりのプレッシャーだった。

私がひとりの人間の人生を変えたとすれば、
私にそんな権利があったのかどうか、
私がめざす社会のために、ひとりの人間を犠牲にしたのかどうか、
いつか、彼女の「しんどさ」が
満足のあるやりがいに変わるのかどうか。。。

そもそも私が、大学院に行って論文を書くという決心をしたのは、
多くの研究者がヒアリングにやってきて書いた私たちの活動に関する論文に
違和感を感じるため、なんとか自分で書きたいと思ったからではあるが、
どうしても研究テーマを「新渡日外国人の自助組織」にする必要が
あったことの背景には、このプレッシャーがある。

私の、活動のこだわりは、はたして正しいのかどうか、
論文の中で、それがある程度説得力のある方策として証明できるかどうか、
それは、私がひとりの人間の人生を変えたかもしれないことに対しての
責任のとりかたであると考えたからであった。
決して自分の活動が、気まぐれや思いこみではないことを
自分でも確信したいし、いつか、必ず「この活動に関わるきっかけを
作ってくれてよかった」と言ってもらいたい、
という意地だったように思う。

今日のマリナさんの挨拶は、その待ちわびていた言葉だった。
私にとって、感動の瞬間であった。

070429_1614~02.jpg

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この記事のコメント

へえ~~~、そうだんたんか。いい日でしたね。
2007-05-02 Wed 00:19 | URL | ヨーゼフ #-[ 内容変更] | top↑
うん。そうだったの。
2007-05-02 Wed 00:57 | URL | #-[ 内容変更] | top↑
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