とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

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エルモシージョ@メキシコ(8/22 Mon.~25 Thur.)

サンフランシスコからメキシコシティに移動し、
そのまま国内線に乗り継いでエルモシージョに行く。
乗り換え時間が1時間50分でぎりぎりだった上に、
サンフランシスコからの便が1時間遅れで出発したので、
間に合うかどうかヒヤヒヤ状態で、到着後は
混んでいる入管/税関を大慌てで通過して、
何とか国内線のチェックインにたどり着く。
ラッキーなことに、搭乗予定の便も1時間遅れていたため、
ぎりぎりでチェックインを受け付けてもらってセーフ!

エルモシージョはソノラ砂漠にあり、日中の気温がなんと45度。
とても外を散歩しようなどという気分にはなれず、
ホームステイ先のRadio Bembaのメンバー夫妻、
ミゲルとロサマリアにいろいろとお話を聞くことが多かった。
ミゲルは、あのサパティスタのヒーロー、の同級生だったという。
着くとすぐ、夜食を作ってくれた。

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ミゲルとロサマリアの家の前で

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町の市場には帽子屋さんが多い。

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ここでは、4年前に起きた保育所での火事で子どもたち20人が
亡くなった事故に関して、自治体の管理の杜撰さに対して
抗議する遺族たちの活動にRadio Bembaが全面的の協力を
したことで、コミュニティの住民たちからの信頼が
深まったのだと言う。

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コミュニティラジオが、地域社会の中で果たす役割を
実践しているラジオ局だった。
カルロスは、いきいきと放送を続けており、たくさんの
番組担当者のお話も聞けた。
私も番組に出演!

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翌日は、日本が戦時中にエルモシージョに兵士を送り、
そこを基地としてアメリカ西海岸を攻めたという話があり、
そこで生まれたエルモシージョの女性とのロマンスを
テーマにした小説を書いたお医者さんに会って、
聴かせてもらった話は、たいへんおもしろく、
そこにも日系人の足跡があることを知った。
最終日は美術館にも案内してもらい、エルモシージョの
さまざまな文化の影響についても教えてもらった。

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そして、この灼熱の砂漠の夜は暮れた。

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サンフランシスコ(8/19Fri.-22Mon.)

今回は、前半はヨーゼフ同行、後半はひとりの旅。
まずは、サンフランシスコで、何人か日系人の友人に会った。
到着日は、まずはホテルに直行し、
カーラさんが車で迎えにきてくれて、
ジェームスさん宅でのバーベキューパーティに参加した。
お城のようなすばらしい豪邸のプールサイドでのバーベキューや
お料理に舌鼓をうち、私たちの結婚記念日のために
特別に用意してくださったケーキに感激!
カーラさんをジェームスさんたちに紹介し、
お互い沖縄にルーツをもつことで話しがはずんでいた。

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週末は、念願のワイントレインツアーにカーラさん夫妻と参加。
NAPAのワイナリーは2回目だけど、かなり楽しく大満足。
トレインに乗る前のマーケットも、
トレインを降りてからもう一カ所訪れた小さなワイナリーも
すてきだった。
ハワイへの日系移民3世のカーラさんのコミュニティに
関するお話は、大変参考になった。

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翌日は、ジェームスさんたちの家族とフィッシャーマンズワーフの
マーケットやミッション地区を散策。

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ミッション地区は、スペイン語圏のラテンアメリカからの移民の
集住地域で、ラテンの若者の雇用の場として始まったパイ屋さんに
はいってお茶を飲む。
このパイ屋さんの人気が高いのは、味がおいしいこと。
ソーシャルビジネスは、ミッションとともに扱う商品の
質の高さが伴ってこそ、地域に広がる。

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夜は、ジュンちゃん&ヨハンとベトナム料理で乾杯。
調査という意味でも、友人たちとの充実したサンフランシスコの
時間をすごした。

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カレーつながり

うちの最寄りの塩屋駅前には、
楽しそうな路地商店街があって、時間のあるときは
このあたりをぶらぶらするのが好きだ。

その中間ぐらいのところに、カウンターの
こだわりカレー店「ワンダカレー」はある。
マスター(勝手にワンダ君と呼んでます。。。)の
ナチュラルであたたかい感じも、癒してくれるし、
味もおいしいし、ここは、私のお気に入りのひとつである。

ここのマスターから、東日本大震災の募金を集めたけど、
どこかよい募金先ない?と相談され、
それなら、カレーつながりがいいよ!と閃いたのが、
宮古のカレー屋さん「カリー亭」。
作業所として、ネット販売もしている、こちらも
こだわりのカレー屋さん

うちの団体のスタッフが、以前からの知り合いで、
今回の震災でもやりとりをしていることを思い出したのだ。

さっそく連絡先を伝えて、お互いをつないだところ、
募金だけでなく、ワンダ君たちは応援Tシャツも作って
イベントで売った売上金も寄付するという。

そして、さらにワンダ君たちは、17日に宮古に言って、
カリー亭の人たちと一緒にカレーの炊き出しをするという。
思いつきでつながった、このカレーつながりは、
今後も広がっていくようで、とっても嬉しくなる。
秋にも炊き出しに行く予定とのことなので、
そのときは一緒にいきたいなあ。

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おいしそうでしょ?

昨日の午前中は神戸市内で会議に出席し、
午後から飛行機で福島県に飛び、
福島県国際交流協会にお話を伺いに行き、
福島県社会福祉協議会/災害ボランティアセンタ―の
ニュースレター編集会議に参加し、
FACILがずっと協力しているニュースレターの5言語翻訳に
ついての提案をし、そのあとは遅い食事をして
新幹線で東京まで戻って宿泊。
朝の新幹線で神戸に戻り、来客の対応をし、
またまた遅い晩ご飯を、ベトナムから帰省中の息子ととる。

こんなにハードな移動の中でも、しっかりとおいしいものを
食べるのが、いいのかも。。。

昨日、福島駅近くでごちそうになった『つやこ』の名物ぎょうざ
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鷹取の事務所近くにある有名な焼き肉店/慶州の、
一緒に行けなかった娘のためにお持ち帰りした高級焼き肉弁当
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バヤニハン国際友の会のラジオ番組

気仙沼市の「バヤニハン国際友の会」のはじめてのラジオ番組が
できあがった。
この番組は、月に一回程度制作し、FMわぃわぃのインターネット放送や、
被災地の災害臨時FM局のいくつかで放送をして被災地と世界に届ける。
ラジオ番組制作は、タガログ語と日本語によるもので、
それ自体が大切な情報をタガログ語で伝えることや、
フィリピンのお嫁さんたちの思いを地域社会に発信するという目的があるが、
制作のプロセスで、
彼女たちが自分の言葉で被災体験を語り合って心のケアになる。
始めての番組ができたあとに、彼女たち自身が
「日常では忘れているつらいことを番組の中で思い出すから
泣いてしまうけど、そのことが薬になって元気になるようだ。
ラジオ番組を作ることで、私たちのつながりも強くなった。」と語る。

少数者として地域社会に暮らす人たちにとって、
自分自身が自分を表現して社会に発信する機会をもつことが、
力づけになり、その発信は地域社会に活力をもたらす。
同じ社会に暮らすどのような立場の人も排除されることのないよう、
住民自らが発信できる道具としてのコミュニティラジオの意義を、
これからも伝えていきたい。

コミュニティメディアは、住民参加を促進し、
一方通行の情報提供だけをめざすものではないが、
多くのマスメディアは、このような動きをニュースとして取り上げ、
“仕事として”彼女たちをとりあげた番組を作ったり記事を書き
一方通行の発信をする。

注目されること自体は、嬉しいことで、
それによって彼女たちのモチベーションもあがるし、
彼女たちの存在に地域住民の関心も高まることはまちがいない。

しかしメディアによっては、“取材してあげる”という意識が強く、
取材対象としての彼女たちに無理強いをさせることがある。
フィリピンの彼女たちは、そのようなことになれていない。
先日の番組収録時の取材に来ていたNHKのニュース番組担当者は、
収録後に私たちが夕方早々に引き上げたあと、
疲れて体調を崩しかけていたリーダーに
タガログ語部分を日本語に通訳させ、
翌日、彼女は体調を崩すことになった。
しかも、翌日は行政機関で働くフィリピン人のスタッフにも
翻訳協力を無償で依頼している。
このような配慮のない取材は、せっかく地域で復興活動に
頑張ろうとしている少数者たちをただの取材対象者として扱い、
疲弊させることになる。
自分たちの番組制作には、まわりが協力をして当然という態度。
私たちは、最初に彼女たちを紹介させられ、
活動の背景の説明をさせられたにもかかわらず、
どのような番組で、いつ報道されるのかさえ知らされなかった。

また、報道の仕方によっては、彼女たちの存在を孤立させ、
私たちの、
『地域社会で地域住民として、地域の人たちと一緒に頑張る、
これまで見えなかった力を活かす』
という趣旨と逆行するもので、今後のメディアの方向性に
ついては、気をつけておきたいと思う。

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収録中を取材するNHKのカメラ

●最新情報は多言語センターFACILのHPへ

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