とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

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「国境を越えた踊りの輪」

『随想』1月27日(神戸新聞)より 

 スペインに、「ベンポスタ子ども共和国」という、子どもたちが
サーカスをして暮らしている共同体があります。
1956年に、
ある神父が貧しくて教育が受けられず職もない青少年たちの
自立支援のために設立し、その後サーカス団も結成して、
そこには学校や民芸品工房、テレビ局も作りました。
 1993年夏に、そのサーカス団の青少年83名を日本の市民団体が、
全国でサーカス公演をしてもらうために招聘しました。
神戸では、カトリック鷹取教会で歓迎会が開かれ、
私はボランティア通訳として関わりました。
彼らに実際に会うまで、サーカスをしている子どもたちについて、
何となくかわいそうなイメージを抱いていた私は、
サーカスで世界に平和のメッセージを伝えるという彼らの誇りと
自信に満ちた、底抜けに明るい雰囲気に感銘をうけました。

 そして、10日間のサーカス公演が終わり、
教会のそばにある大国公園で行われていた夏祭りが、
彼らとの送別会となりました。
公園の真ん中に櫓が建てられ、盆踊りをする地域の人たちの輪の中に
サーカス団の青少年たちやボランティアの若者たちも入り、
次はお返しにと、サルサダンスを老若男女みんなで踊ったのでした。
それは町の人たちにとっても初めての経験で、夢のように楽しく、
忘れることができない光景でした。
それから1年半後に地震が起きて、町は無惨な姿になってしまい、
その大国公園も焼けたのでした。

 そして、それから10年以上経った夏祭りには、
いつものたこ焼きや焼きそばの屋台と並んでベトナム春巻きや
韓国チヂミやペルー焼き鳥が並びました。
盆踊りの輪の中では、
ベトナム人やブラジル人も楽しそうに踊っていました。
鷹取教会のある神戸市長田区は、
外国出身の人たちがたくさん住んでいますが、
それまでは一緒に夏祭りを楽しんだことはなかったのです。

地震でみんな大変な思いをしたけれど
ベンポスタの子どもたちがい来なくても、
あの光景が見られる町になったのでした。
               (by 吉富志津代)
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「心のこもったルール」

『随想』1月12日(神戸新聞)より

阪神・淡路大震災から15年を迎えようとしています。
あのとき、ベトナム出身の人達は、
「避難所」という言葉は知らなくても、
火が迫る病院の中から病人を運び出しました。
茶髪の、よくコンビニの前でたむろしていた中学生は、
バケツに水を入れて
お年寄りのところに運んで活躍しました。
いずれも日常的な生活の中で、情報が十分に得られなかったり、
学校を停学になっていたり、社会から何らかの理由で、
排除されたり切り捨てられたりしている経験をもつ「少数者」と
言われる人たちだったかもしれません。

「ルール」という「多数者」だけで決めた目に見えない「権威」。
それがあたかも社会の中で絶対的なことのように人を縛り、
その枠に入らない人達を非難するのです。
その「ルール」を決める時にすべての人の意見がきちんと
取り入れられたのかどうかは考えない。
ここが「日本」だから、「学校」だから、そこにいたければ、
この「ルール」を守れと。
そのため少数者たちは、頑張っているひとにぎりの人以外は、
活躍するチャンスがありませんでした。

もちろん人びとが協調して暮らす社会では「ルール」は大切です。
しかし、忘れてはいけないのは、
地域にこんなに多様な人が住んでいるのに、
ひとりひとりの意見や考えを公平に聞いてできた心のこもった
「ルール」であるかどうかではないでしょうか。
多数決という原理を盾に「多数者」だけに有利なものになって
いないでしょうか。
それを理由に誰かを排除してはいないでしょうか。

完璧な「ルール」はたぶん存在しないのだと思います。
だからこそ、それをいつも考え直すというプロセスを持つことで、
多様な人たちが互いに理解でき、共感できるのです。
そのプロセスで社会が少しずつ成熟していくのでしょう。
震災で私はそのことに気づかされたのでした。
                     (by 吉富志津代)
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メープル大往生

うちには9年も飼っているうさぎがいた。
メープルという名前のピーターラビットで、
娘が中学3年生のときのクリスマスプレゼントだった。
オスかメスかも不明のまま9年、
とにかくよく食べ、よく遊ぶやんちゃなかわいい兎で、
9年も一緒にいたら、家族のようなもの。
人間でいうと90歳になるが、まだ元気だった。
白内障になったり、湯がいた野菜やおからやお豆腐しか
たべなくなっていたり、だいぶ遊ばなくなったものの、
この年末も庭でひなたぼっこをしていた。

しかし、つい2日前から急にあまり動かなくなり、
食事を食べなくなったので、野菜ジュースや豆乳を
飲ませてやらなければならなくなったと思ったら
昨日の夜は、私たちが帰ってくるのを待っていたかのように
動かなくなり、部屋の中で私たちに看とられる中、
静かに、本当に静かにろうそくの灯が消えるごとく逝った。

とても悲しいのだけど、
老衰で苦しむことなく、家族に見守られて90歳で亡くなるなんて、
本当に大往生だと思う。

自分もこのような人生の終焉を迎えられたらいいな、と
少し羨ましかった。

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新年あけましておめでとう。

2010年、明けました!

今年も例年通り、大掃除して、おせちつくって、
最後に明石の魚の棚でお魚仕入れたら、
「出島」(蒸し穴子のおいしいお寿司やさん)でたらふく食べる。

家に戻って紅白歌合戦を何となく見て、年越しそばを食べたら
鷹取教会で年越しミサに参加、その後は須磨寺にお参りして甘酒を
いただく。

2009年は、階下の部屋の改装やら、補助金のあるうちにと
新車に変えたり、何かと新しいことへの転換期の前ぶれのような
年となった。

年末に、娘が私の新車を傷つけたのはかなりショックだったが、
大きな事故でなくてよかった、と何とか感情を立て直し、
(う、新車なのに、もう!)
無事、新年を迎えることができて、まあ、よかったかな。

今年は両親のことでばたばたしそうだが、
みんなが元気で過ごせるのが一番いい、と思う。


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