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とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

多文化共生社会ってなんだろう?

毎年、とくに秋頃と年度末頃になると、
いろいろなところから声をかけていただいてお話をする機会が増える。
年間60回ほどのその講演料は、団体の大切な活動資金にもなる。
そして、お話を聞いてくれた人にとっても、私自身にとっても
テーマについて関心を持って議論をする機会でもあると思うので、
たいへんありがたい。

しかし、話せば話すほど、私が伝えたいということを、
違う背景や関心や価値観を持つ方たちがきいたときに、
受け取り方も、印象に残ることも、多様であると実感している。
場合によっては、思いもかけぬ被害者意識を持つ人や、
まったく逆の受け取り方をする人がいて、
本当に「伝える」ことの難しさを痛切に感じるばかりである。

中でも私が話すテーマによくつけられる「多文化共生」という言葉は、
実にさまざまな捉えられ方をしていて、
あいまいに広がっているように思う。
これまでよく使われてきた「外国人支援」という言葉に
置き換えられているだけのことも多々ある。

私たちは阪神・淡路大震災で、大切なことに気づかされた。
あのとき、ベトナム出身の人達は、「避難所」という言葉は知らなくても、
ガレキの中から多くのけが人を運び出し、
視覚に障害を持つ人は、
火事の煙の中で見えなくてパニックになる人を誘導し、
茶髪の、よくコンビニの前でたむろしていた中学生は
バケツに水を入れてお年寄りのところに運んで活躍した。

いずれも日常的な生活の中で、
情報が十分に得られなかったり、学校を停学になっていたり、
社会から何らかの理由で、
排除されたり切り捨てられたりしている経験をもつ「少数者」と
言われる人達ではなかったか。

「ルール」という「多数者」だけで決めた目に見えない権威で、
それがあたかも社会の中で絶対的に大切にしなければならないことの
ように縛られ、その枠に入らない人達を非難する。
その「ルール」を決める時にすべての人の意見が
きちんと取り入れられたのかどうか考える前に、である。

ここが「日本」だから、ここが「学校」だから、ここが「会社」だから、
そこにいたかったら、この「ルール」を守らないなら出て行け、と。
そのため、少数者たちは、とびきり頑張っているひとにぎりの人以外は、
活躍するチャンスがなかった。

もちろん社会の秩序を保ち、多くの人間が協調して暮らす社会では、
「ルール」を作ることは大切なことである。
しかし、忘れてはいけないのは、
地域社会にこんなにいろいろな人が住んでいるのに、
「少数者」の、ひとりひとりの意見や考えを公平に聞いてできた
人の心のこもった「ルール」であるかどうかの見直しを
常にしておかなければならないということではないだろうか。
多数決という原理を盾に、
「多数者」だけに有利なものになっていないだろうか。

完璧な「ルール」はたぶん存在しないのだと思う。
どこかで誰かが我慢する場面も必要だと思う。
だからこそ、それをいつも考え直すというプロセスで、
多様な人達のことがお互いに理解でき共感できる。
そのプロセスで社会が少しずつ成熟していくのではないか。

大変な状況では、出自や年齢や性別や障害の有無に関わらず、
どんな人も、その状況で自分の発揮できる力を出して
確かに助け合ったのである。
これが、私たちの体験したことである。

それまでは、
自分たちが常識だと思い込んでいるできあがった「ルール」に安心し、
それをもとに人を排除して来たのかもしれない。

「多文化共生社会」とは、
さまざまな個性をもつ人達が一緒に安心して暮らせる社会を、
混乱や面倒なことを覚悟してめざしていくプロセスで、
少しずつ成熟していく民主的で人権の守られた社会に近づくための
「考え方」なのだと、私は思う。

そして、この文章を読んだ人に、どのぐらい私の真意が
そのまま伝えられるだろうか。。。。。
おそらく、その伝えたい相手と私との信頼関係を日頃どのように
構築しているかということで、その伝わり方も違うのだろう。



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毎日新聞の書評

本は、ありがたいことに、神戸新聞(2008.11.23),朝日新聞(2009.1.29)に
続き毎日新聞でも紹介されました。

<2009年2月22日/毎日新聞(全国版)の書評より抜粋>

◎「多文化共生社会と外国人コミュニティの力」
◎吉富志津代著(現代人文社・2000円)

経済が悪化し、在日外国人労働者と家族の生活状況が厳しさを増す今こそ、日本が彼らとうまく共生できるかが問われるときでもある。

 著者は、南米の総領事館勤務を経て、阪神大震災後に在日外国人が発信主体となる番組などを放送するコミュニティーFMの立ち上げにかかわり、外国人自助組織の存在にもいち早く注目した。

 その経験を踏まえ、出入国管理政策や外国人労働者政策ではなく、日本が「多文化共生」に向けてどのように対処すべきかを考察する。

 ドイツ、オーストラリア、カナダの移民先進国を紹介し、著者が見てきた兵庫県の自助組織を紹介。「相談窓口」や「外国人支援」など従来型の取り組みではなく、自助組織による実行可能な施策を提案する。(坪)

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