とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

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ボゴタ2日目

2月27日(水)

今日の朝食では、かなりみんな打ち解けた感じがする。
tamal.jpg

私たちは会議にはまだ参加しないので,午前中は
勧められた「ZIPAQUIRA 」という村の岩塩鉱山の中に
ある教会に行ってみた。
地表から180mの洞窟の中の教会で、壁をなめてみると
確かに塩味がして、塩でできていることがわかる。
中は広くて、聖堂だけではなく、さまざまな塩の彫刻や
コンサート会場まである。
sal-church.jpg

昼食は、またホテルに戻ってAMARCメンバーと
話しながらとる。
メニューはコロンビアの典型的ワンプレート料理。
今日は、日本人がフジモリ元大統領のことをどう思っている
のかをペルー人にいろいろと聞かれた。

これまで会ったメンバーは、アルゼンチン、ボリビア、
メキシコ、エルサルバドル、エクアドル、ペルー、ウルグアイ、
コロンビア、スペイン、ブラジル、ドイツ、チャド、カナダ
などからのメンバーである。
meeting.jpg

明日からは、いよいよAMARCセミナーが始まるので、
もっと多くの国からの参加者が来る。

ヨーゼフは明日の夕方、AMARC/Japanのことと、
日本のコミュニティラジオのプレゼンテーションをし、
その中で、私がFMわぃわぃのことを話し、
萱野さんがFMピパウシのことを話す。

28日の朝の女性の活動パネルディスカッションでは、
私もパネラーの一人として参加することになった。
午後は、発表の準備と残して来ている仕事のため、
ホテルの部屋にこもる。
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ボゴタ1日目

2月26日(火)

朝食のあとは、AMARCのメンバーとあいさつ。
Kanban.jpg

日本のメンバーはラテンアメリカの委員達の会議には
参加しないので、ダウンタウンを散策した。
残念ながら黄金博物館は工事中で閉館していたが、
町の中心にあるボリバル広場までみんなでゆっくり歩いた。
広場には「ストップ!誘拐」という垂れ幕がかかげてあった。
Bogota1.jpg

コロンビアでは特に7年前から高い公職に就く人や
お金持ちをねらった誘拐が相次ぎ、今でも700人が
拉致されたまま、その家族が身代金を払い続けているという。
社会的秩序がくずれているらしい。
多くの普通の善良な人々が暮らしているのだろうけど、
町の様子も何となく翳りがあり、夜の通りはやはり怖い。

昼食には戻って来て日本の活動のアピール開始。
少しインタヴューもできた。
スペイン語を話す日本人はめずらしがられる。

午後からは、コロンンビア地震の支援の時にかんちゃんが
訪ねたコロンビア在住の神父さんを訪ねる。
ものすごい記憶力の神父さまは、日本語での久しぶりの会話を
たいへん喜んでくれて、そのお話は大変楽しかった。
もう神父さん達の養老院で喜寿を迎えられたそうだ。
Shinpu.jpg


夕食はまたAMARCのメンバーと話しながらすませる。
こうして食事の都度お互いを知り,
親交を深めて行くのだと実感。
ここではスペイン語を話すことは、ポイント高い。
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コロンビアへ

2月25日(月)

朝は、出て来た資料とおみあげを、
TeoceloラジオとNnandiaラジオあてに郵便で送り、
空港に行って出発前にマルガリータを飲んでコロンビアへ。
コロンビア到着は夜の7時半。
入国審査をすませて迎えに来てくれたAMARCのMiltonとともに、
1時間遅れの飛行機で到着するFMピパウシの萱野さんを待つ。
その間にちょっとコロンビアコーヒーを味わう。
おいしい。
萱野さんと無事合流してホテルで夕食をすませたら今日は就寝。
標高2600mに、少し高山病の症状が。。。。。
よって、アルコールはおあずけ。

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メキシコファン

2月24日(日)

朝4時にマサテコ村を発ち、お昼前にはプエブラへ到着。
日曜日の教会のミサをのぞいて、コロニア風の町を散策し、
民芸品市場を見学して郷土料理を食べる。
puebla2.jpg

Puebla4.jpg


ヨーゼフはあまりのハードスケジュールにお疲れ気味。
メキシコシティまでまたバスで2時間移動して
ようやくホテルに戻る。
しかーし、今日は嬉しいことが一つ。
Teocelo行きのバスに乗る前にシティのバスターミナルで
ヨーゼフがなくした、おみあげと資料入りのバッグ
(アップルストアで買ったばかりの)が、
念のためにバスの番号を伝えて探してくれるように
頼んで行っていた結果,出て来たのだ!
ヨーゼフはこの一件で、すっかりメキシコファンになった。
旅が始まって1週間である。


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村のラジオ局

2月23日(土)

マサテコ村のラジオNnandia(ナンディア)は、
2005年にようやく許可をもらったのに(メキシコでは1964年の
たった一局の許可以降、コミュニティラジオは許可されず
2005年にAMARC/メキシコの運動によって12局が許可を得た)、
ある政党の議員によって強引に閉局に追いやられ、
裁判をで勝利し、本日が記念すべき再生の日。
Nnandia4.jpg

朝からアンテナ工事などにかかり夕方にめでたく開局!
Nnandia3.jpg

Nnandia2.jpg

昨日の夜中の道中の話も含めて、彼らにとって自分たちの
大切な民族の誇りであるマサテカ語を守るための運動の
ためのラジオで、村中の人がそれを大切に守っていることが、
よく伝わって来た。
毎日、村からさらに200m高い山の上まで1Kmぐらい歩いて
スタジオに行って、放送をする。
Nnadia1.jpg

また、収録スタジオも兼ねたメルキアデスの自宅には、
村人がよく挨拶に訪ねて来てはお茶を飲んで行く。
Nnandia5.jpg

開局の詳細を報告する女性達のミーティングに参加し、
彼女達の切実な思いに感動。
Nnandia6.jpg

ミーティングした場所は、村の通信センターで、
ここで村人は電話やインターネットを使っている。
昔からの古き良き習慣と、最新の機械の共存の様子が
興味深い。
Nnandia7.jpg

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明日は、早朝の出発のために、私たちは10時には就寝。
今夜の私たちの部屋は、玄関脇の収録室で、そこに布団を
持ち込んで、マイクの横で眠りについたのだった。


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メキシコ調査2日目

2月22日(金)

Teoceloラジオのスタッフが、朝迎えに来てくれて、朝食。
主なスタッフが集合してくれ、さまざまなお話を聞く。
Teocelo1.jpg

メキシコに来てから結構久々に本格的な通訳の毎日。
このラジオ局は1964年に許可を得た唯一の
コミュニティラジオで、小さな村ながら自分たちの村の
識字率を上げるなどの目的で村の発展にラジオを使ってきた。
神父を志望するひとりの若者が、バチカンで開催された、
世界の貧困壊滅のためのセミナーに参加したことがきっかけ
だった。
村の放送局として現在はビデオやインターネットも使った
先駆的な運動ツールとしての総合的メディアに発展している。
会員制で事業体としてのラジオ局を維持してきた老舗である。
現在の代表者は、同じ哲学を持ち維持できる次世代への交代を
熱く語った。
突然、生放送へ出演し、さっそくカナダとメキシコのSONORA
のリスナーからメールが!すごいネットワーク。
Teocelo2.jpg

そこからは、またJalapa(ハラパ)のバスターミナルまで
送ってもらい、
夕方のバスでPuebla(プエブラ)経由でTehuacan(テウアカン)へ。
到着は夜の10時40分。
そこにはマサテコ族のラジオのMerquiades(メルキアデス)が
4時間かけてバスターミナルまで
出迎えてくれていて、そこからさらに道なき道を転げ落ちそうな
恐怖と戦いつつ2000mの山一つ越えてマサテカ村に到着。
彼の自宅で就寝したのは朝の4時だった。

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AMARC-Mexico

2月21日(木)

AMARC/メキシコ、SIPAN(女性のためのさまざまな
活動NPO)、La Voradora(Amecameca村のコミュニティ
ラジオ)を訪問。
AMARC-mx.jpg

メキシコはあんまり忙しそうに仕事をするイメージは
なかったが、
市民活動のスタッフ達はずいぶん忙しそうにてきぱきと
仕事をこなす。
話を聞いたスタッフたちはみんな私たちと同じような
ミッションをもち、それに向って自分のできることを
コツコツと積み重ねている。
国は違っても大いなる連帯感を持つことができる。

その後、シティからバスでAMECAMECA村の
Radio Voladoraを訪ねる。
火山噴火のニュースがきっかけで始まったこの放送局は、
村人達によって支えられ、
自分たちで発信しているだけなのに、
政府の弾圧もあるという。
Voladora3.jpg

それにしてもメキシコという国の表現の自由のなさは
想像以上だった。
メキシコの民主化、底辺で暮らす人達の権利のために、
市民がメディアをもつことの大切さを感じる。

voladora.jpg

AMECAMECA村のカルチャーセンターのようなレストランに
連れて行ってもらって軽食をとり、
バスで1時間半のメキシコシティに戻った。
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それからベラクルス/JARAPA行きの20:00のバスに乗って、
夜中の1時にベラクルス着。
そこで出迎えてくれたTeocelaラジオのスタッフが
今夜の宿に案内してくれた。バスターミナルから40分。
小さなTeocela村のかわいいホテルで休む。

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メキシコへ

2月20日(水)

ロスで乗り換えてメキシコに到着したのは朝の6:00。
ここで事件発生!私とヨーゼフの預けた荷物がない!
今まで一度だけ荷物が届かず一日遅れで来たことがあったが、
その時はすぐに調べてどこに荷物が泊まっているのか、
いつ届くのかを確認してくれたのに、
ここでは、よくあることらしく、
対応が何とも不十分(に思える)。
けっこうプッシュしたけど、結局、ただ届くのを待つことに。
とりあえず荷物なしでホテルにチェックインして、
ダウンタウンでコロニア風のレストランで朝食をとってから散策。
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4回目のメキシコ滞在だがダウンタウンをぶらぶらするのは、
約30年ぶり。
カテドラル、ソカロを回ってホテルに戻り、
電話にてメキシコ航空と荷物のことで交渉を続ける。
まだいつ見つかるかわからないため、
とりあえず今日の着替えや歯ブラシなどの身の回り品を購入。
メキシコの広場には、昔ながらの代筆屋さん兼簡易印刷屋さんが
ずらりと並ぶ。
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夕食はAMARC/メキシコの、今回の手配をしてくれたMARUと
その彼氏も一緒にコユアカン地区にてメキシコ料理。
通りで立ち食いできるタコスもおいしいけど、
レストランのオリジナル料理は格別。
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ホテルに戻ったのが23:30ごろで、
そこからまた航空会社に電話にて確認。
やっと私たちの荷物が届いたとのこと!
でもホテルに届けてくれることになっていたのに。。。
こんなことではいつ手元に戻ってくるからわからないため、
夜中にタクシーを飛ばして空港まで荷物をとりに行って
ようやく一件落着。
やれやれである。
Mex-yoru.jpg

(夜のメキシコシティ)

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黄熱病の予防接種

2月19日(火)

今日はメキシコに発つ前に、
日本では時間と体調の問題でできなかった黄熱病の予防接種を
することになっている。
と言っても橋本さんご夫妻のおかげで通常ならできない予約を
取ってもらって何とか可能になった。
アメリカの医療システムは結構複雑で交渉次第らしい。
まずは朝一番で診断書のための診察に行くが、
予約をして目的も話しているはずなのに、
私が診察に呼ばれてから知り合いの医者の黄熱病の診断書に
必要なことを確認すること20分。
それから問診と触診が終わってもらったのはただのメモ。
?????である。
橋本さんが、次のクリニックでスムーズに接種できるよう
気を利かせてくれたおかげで、
あとは無事にイエローカードをゲット。
ここは何でも自己責任と交渉の国。
日本のシステムに慣れている私たちには合理的でないと感じ、
いきなり入国して医療サービスを受けることの困難さが
大いに想像できた。
昼食は、アップル本社の社員食堂で比嘉さんと一緒。
アップルショップではまた買い物をしてしまった。。。。。
予防接種のあとは、JUNが現在インターン&アルバイトを
しているKQEDというパブリックラジオを見学して
21:00発の便でメキシコへ向った。
KQED.jpg

Jun-chan.jpg

Jun-chan!
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ワイナリーへ

2月18日(月)

一日休養日!
念願のNAPAのワイナリーへ連れて行ってもらう。
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主要なワイナリーで、きれいな景色とぜいたくな試飲を楽しむ。
これから旅が始まるのでなければ
何本も買って帰りたいところだが、残念ながら無理。
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夕食は橋本さん宅のホームパーティで、
FMわぃわぃに多大な協力をしてくれたジェームス比嘉さん家族と、
わぃわぃでインターンをしていたオークランド在住のJUNとも
再会してあっという間の楽しいひとときを過ごす。
こうしてサンフランシスコでも気のおけない仲間達と
愉快な時間を過ごせるなんてしあわせ!


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中南米へ出発

2月17日(日)
CODEの5周年シンポジウムに理事の一人としてパネラー参加したあとは、
そのまま空港バスに飛び乗り、いよいよ中南米調査に出発。
今回はメキシコ、コロンビア、ボリボアのコミュニティラジオの調査。
FMわぃわぃが加盟して日本協議会を立ち上げた、
世界コミュニティラジオ放送連盟(AMARC)のつながりで
スケジュールを組み、私はコロンビア担当で報告書を書き,
同行する萱野さんやヨーゼフは他の国担当。
でも私には通訳という役割もある。
コロンビアのボゴタでは、ラテンアメリカ全体の
AMARC25周年フォーラムもある。
これからの3週間を記録しておこう。

17日は、18:55発UAにてサンフランシスコへ。
同日の11:18着。ここでは橋本さん宅でお世話になる。
まずはザビエル教会の日系人コミュニティのミサに参加。
昼食をごちそうになった。ここのマリア様は富士額の日本風。
日系人コミュニティは高齢化し、三世になるとアメリカ社会に
とけ込んで行くという、どこの国にもある現象だ。
それでも一世,二世の人達にとって、ここは安らぎの場となっている。
あとは市内をドライブし,フィッシャーマンズワーフにて
シーフードの夕食をごちそうになる。
おいしい白ワインで堪能して橋本さん宅へ戻る。
帰宅後も今度は赤ワインでくつろがせてもらって、
初日の長い一日が終わった。
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公聴会

2月15日(金)
3時45分から6時前までの博論の公聴会は、
1時間のプレゼンテーションとあとは口頭試問。
かなり厳しいと覚悟をしていたが、案外すんなりと終了。
実践者としての問題意識を強調して話してみた。
そのあとは先生や今年卒業する人達との送別懇親会。
風邪も少しましになって、やっと晴れ晴れとした気分で
おいしく中華料理を食べた。
あとは最終考査を待つのみ!

  →考査委員会無事パス!!!

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時間足りない!

このごろブログの更新ができないのは、
とにもかくにも時間のなさです。
何という時間の足りなさ!
今まで生きてきた中でも
(どうせ、かなりの年数ですが。。。ふん!)
こんなに時間がないのはベスト3かも。

この時期、ただでさえいつも講演依頼が多いけど、
今年はさらにまた全国行脚状態。
昨年の新潟県の長岡に呼ばれた頃はまだよかったけど、
1月から2月にかけては
岡山、滋賀、香川、神奈川、大阪、淡路。。。。

その合間に地元神戸の依頼が挟まる。
呼んでいただけるのは、本当にありがたいと思いつつも
事務所には仕事が山積みになっていく。

そして何が一番大変かというと、
想定からかなりずれた日程で自分の博論の公聴会が
行われること。
準備の時間がたっぷりあっていいとも言えるけど、
私の場合は、
時間をかけて仕上げて余裕をもって提出したわけではないから、
時間があったらあっただけ、
その分いろいろと手も時間もかかる。

そして、2月17日からの南米出張の準備のことやなんかも
あって、とにかく時間がないのだ。

しかも、それに追い討ちをかけるように、
ふだんはこんなに丈夫な私が、
何と風邪をこじらせて一ヶ月ほどしんどい状態で、
一昨日から高熱でダウンする始末。
すわっ!さすがの私も、もしかしてついに、
これまでかかったことのないインフルエンザか!!!

と、こんなブログがかけるようになったのは、
少し良くなったってことですけど。

南米行きは、今回メキシコ、コロンビア、ボリビアで
本当なら楽しみでるんるんのはずなのに、
どうも出発までにしなければならんことが多すぎて
楽しみにするという余裕すらない。

*****今回は愚痴口のブログでした。

>今後の教訓<

スケジュールは余裕を持って組むこと!





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