とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

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ヨーゼフのこと2(てぃだこさんのまねっこ)

ヨーゼフは、ときどき
「俺はまじめに生きてるんだ」
と、まじめな顔をして言う。
でも、私の概念の中の「まじめ」とは少し違うような気がする。

今日も、遅くまで事務所で仕事していておなかがすいたから
「食べて帰ろう」と言うと、
「い~いや。まだ家に帰ってからいっぱい仕事があるから先に帰る」
と言って先に帰った。
だけど、家に帰ったら、案の定いまの彼の「マイブーム」の
「ミキシー」をしたり、ネットを見たり、うだうだしていて、
私が帰ると、ひとしきりいろんな話で盛り上がり、
そして今は中島みゆきの歌を
「俺、この歌が一番好き。とみちゃんは?」
とか言って「あざみ嬢のララバイ」を聴きながら
「あんとき俺はふられてなあ。。。。つらかったなあ。。。」
とか感傷にひたっている。
そして、
「この歌、歌ってんのだ~れだ?」
とか言ってくる。

いったい晩ご飯食べずに帰ってしなきゃいけなかった仕事って????

そうか、今日はヨーゼフの反抗日だったんだな。
Josef

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鬼門

毎年3月のこの時期になると、
どんな風邪のウイルスにも負けない私が体調をくずす。
鬼の撹乱ってやつやね。
人に言われる前に言っとこう。。。。。

昨年も、その前の年も確か熱を出して
風邪なんだか、疲れなんだか、よくわからんけど、
3日ほど寝込む。
そうそう去年は、その前にぎっくり腰で動かれんようになって
寝込んで、発表するはずだったフォーラムを代わってもらった。

今年もヨーロッパ便で2時間ほどしか眠れないまま24日に帰国して、
そのまま片づけやら洗濯やらたまってるメールのチェックやら。。。
おまけに夜は外食して、翌日から仕事に出かけて
「元気やなあ」
と言われたのも束の間、午後から体が重くなり、
何とか夕方の予定はこなしたものの、そのあとの送別会は
勘弁してもらって、夜からさらなる発熱に下痢。
日曜日はイベントのディレクターの仕事をパスして寝込む。
今日は仕事に行くには行ったが、一日中頭痛が。。。

娘は耳のそばで
「食べ過ぎのたたりじゃあ~」
とほざく。

来年からこの時期はおとなしくすごすことにしよう、と
決心する素直な私なのであった。
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帰国

ルーマニアから帰国した。
いろいろとおもしろい旅だった。
心配していた、もちろん今回の旅の目的であるフォーラムでの発表は、
無事に終わった。
フォーラムは、チャウシェスクの暴挙のひとつである1500億円を投じて
建設された「国民の館」で開催された。  
けっこう好評だった、と思う。
何人かがわざわざ「とてもよいプレゼンテーションだった」と
声をかけに来てくれたし、何よりも日本についての、
ステレオタイプの見方が変わった、とも言われたのは嬉しかった。
実際、ヨーロッパで日本の移民に関する情報というのは
驚くほど知られていない。

私が今回一番びっくりしたのは、紛争解決屋のプロがフリーで仕事を
していること。彼は今、国連の委託でトルコに入っているらしい。
ヨーロッパは、日本と違って歴史的にも民族や宗教の奥深いからみがあり、
とうてい私には理解できないことも多い。
でも、私のプレゼンで一番言いたかった「ひとりひとりの共感を得る
プロセスの先にルールや法律を作る」
へのよい手応えがあったことで、同じところに知恵があるのだと思った。

それにしても連日のルーマニア料理はヘビーでちょっとこたえたなあ。
ルーマニア人は、ラテン系で明るいこともよくわかった。
でも、町のところどころに何となく共産圏の香りは感じた。
首都ブカレストの中央市場に品数が少ないことも驚いた。

フォーラム後の2日間はドライバー兼ガイド&レンタカーを借り切っての
ちょっと贅沢なエクスカーション。
その間、ガイドさんと英語とスペイン語でいろいろと話した。
チャウシェスク時代や革命の時のこと、その後の生活、これからの
ルーマニア。。。
ドラキュラ城にも行って中世の雰囲気の残る町ブラショフも歩いた。
たくさんの世界遺産と豊かな自然は、これからのこの国の可能性を
感じさせる。

最後の3日間はミラノへ。。。
ミラノはルーマニアに比べて物にあふれた、まさに世界のファッションの
中枢である。
でも、見るだけなので、だんだんとストレスがたまってくる。
今回ばかりはお金持ちがパカパカと買い物するのが羨ましい限り。
そのかわりおいし~いイタリア料理はふんだんに食べた!

ともかくトータルでは満足の旅。
娘も満足だったとほざく。そりゃそうでしょうよ。  


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取材

最近、すごく怒ったことがあった。
日常的に結構、感情をそのまま出すので、
しょっちゅう怒ったり笑ったりしてるから、
本当に怒り心頭でも「またか」って思われてしまったかもしれない。
でも、本当に腹が立って、実は今もすっきりしてなくて、
やっと、こうやって書こうと思う気持ちになったところ。

この15年ほど、いろいろな取材をされてきた。
その中で、自分が広報をお願いして協力をしてもらったことも
あったし、持ちつ持たれつの新聞社もある。
でも、私がぜったいにいやなのは、
ある大きな事件があったときに、近い分野の人として一言の
コメントするっていう取材。
この手の取材は以前にもいやな思いをしたことがあって、
断るようにしている。
信頼する親しい記者に頼まれて仕方がなくて話すときには、
自分が一番に言いたいことだけをしっかりと言う。
知らない記者の場合、絶対警戒するし、断る。

今回、中国人の母親の幼稚園児殺害についても電話がかかってきて
私はこういうデリケートな事件についてのコメントはぜったい
したくないので断ったのである。
ところがその記者は、
「そんな一言のコメントにはしません。しっかりと取材して
お話しを聞いて、きちんと取り上げたいと思うので、
お話しを聞きたい」と言ったので、
私は、きちんとした記事を書くための下調べ取材と理解して、
その新聞社のことを信頼していたこともあって、かなり多忙だった
にもかかわらず、時間をとった。
1時間以上も、社会の問題について思うことをいろいろ話した。
若い記者が、この話を少しは参考にして、これから記事を組み立てて
いろいろ取材をするのだろうと思って、かなり一生懸命話した。

そしてその翌日、中国人の事件を取り上げた、あまりこくのない記事の
中に私がいっぱい話したことの中の、特に言いたくもなかった一言が
名前入りでコメントとして掲載されていたのだった。
私は、そういうコメントはいやだと断ったのに、勝手に出したのである。
読者がそれを読んで特に印象に残るようなことではないし、
あくまで刺身のつまみたいなものだから、記者にしたら
取るに足りないことかもしれない。
だけど、私は愕然とし「騙された」と思った。

あまりの怒りにしばらく誰にも言えなくて、2週間ぐらいしてから
ヨーゼフには話し、
その新聞社の信頼できる友人の記者にメールを出した。
その新聞社がそういうスタンスではないことを感じたかったからだ
と思う。

でも、その友人からは、私が何でこんなに怒っているのかを理解して
くれたとは思えない返事が来た。
「気持ちはわかるが、いっぱい取材しても一言しか書けないことも
あるし、それは広い意味では記者の個性だ。あくまで記者個人との
関係だから自分は謝りに行けとしか言えない」と。

私がその友人に期待したのは、きっとこんなに私が怒っていることを
わかってくれて、怒りを共有してほしかったのだと思う。
そしてそのことで、この新聞社に対する信頼を取り戻したかったんだ
と思う。
でも、肩すかしにあったような気分で未だにすっきりしない。

その若い記者は、翌日こちらの都合も聞かずにこちらの会議中に
やってきて、
あとの私の都合とあわせることができないらしかったので、
「時間がとれないからもういい」と言うと
「そんな言い方ないでしょう。」と逆切れしかけたので、
私ももう用件だけ、つまり私がなぜ怒ってるのかを手短に言った。

「どうもすみませんでした。」
そう言って彼は帰っていった。
彼はそれで、一応の仁義を果たしたつもりなのだろうか。
そして、このことを「運が悪くうるさい人にあたってしまった」と
すぐに忘れていくのだろう。
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講演つづき

このところ、講演続きだ。
2月26日は大阪、3月4日・5日は東京、9日は宝塚、10日は広島、
そして今日はまた大阪。
話す内容は、切り口はそれぞれ違うが、おもに多言語情報、多文化社会、
青少年育成、社会的排除の克服といったところで、
けっこうパワーポイントやらDVDやら、MDやらを使って工夫する。
でも同じようなことにいきつく。
今日もやっぱり最終的に主張したのは
「社会的な排除をいかに克服して、健全な社会にしていくのか、
あなたが自分の立場でできることからはじめましょう。」
この15年、こつこつ続けてきたネットワークづくりは、
私自身を磨いてくれたと思う。
少数者の視点で見える日本の社会は、私があきらめていた多くの
ことに気づかせてくれたと思う。
自分のこともまわりのひとりひとりのことも大切にしたいと
心から思う。

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