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とみちゃんのラテンな日々

Hasta mañana,que será será.....

介護ということ

86歳になる父が、昨年末から歩けなくなった。
ひたすら真面目でよく働き、誇り高くて謙虚で、
テレビはNHKかスポーツ番組、音楽はクラシックという人。
我慢強く、寡黙で弱音をはかない人。
ひとり娘の私は、目の中にいれても痛くないほど
かわいがられた。

81歳の母は、おしゃべりで世間知らずで、
何も考えずに思ったことをそのまま口にする。
決して悪気はないけど、社会性がなく子どものような人。
父は、そんな母を(しかたなく)受け入れてきた。
結婚して55年以上、退職してからは、
夫婦でも、私たちの家族とも、一緒に旅行もした。

今は、もうあまり外に出るのがしんどくなって、
ヘルパーさんが一日45分だけだけど、週5日、
家に来て手伝ってくれていた。
ふたりで、支え合ってささやかに、暮らしている。
そして、私の家の近くに住むことを決めて、
マンションをさがしていた矢先だった。
私にも仕事があり、ほとんど毎日家にはいないけど、
近くにいてくれたら、ごはんの用意も、
どこかに行くときも、何とか時間をやりくりして手伝える、
と思っていた。

いつか、こんな日が来ることはわかっていた。
父が歩けなくなって、介護が必要になったら、
まず母がやりきれず、そして疲れて大騒ぎをした。
私も可能な限り実家に行って、病院や地域支援センターの
担当者とも相談した。

お正月は何とか乗り切ったが、
結局、母が介護にねをあげ、
いろいろな検査のためということで、入院している。
検査結果の詳細は、来週私が聞きにいくことになった。
特に早急に治療が必要というよりは、加齢による症状らしい。

父は、しんどくなってから、この4年ほどは生きる意欲を
なくしてしまったように見える。
病院でも、ひたすら目を閉じて時のすぎるのを
待っているように見える。

私は、そういうときが来ても、冷静に適切な方法を
考えるつもりだった。
一番、父も母も安心できる形、病院ではないところで、
最後まで人間の尊厳が守られていながらも家族が疲れない形。
家族が抱え込んで、結果的に本人も家族も疲れて
とげとげしくなることにはしたくない。

でも、実際に父と母をみていると、
できないことがわかっていても、
私が何とかずっとそばにいて、少しでも楽しいと
思ってもらいたい、私が何とかしたい、と思う。
自分でも想定外のこの感情に驚いている。

老いるということ、死ぬということ、
それは誰でもが順番に経験すること。

父は、病院で痛む足をもむと少しは楽になるらしく、
もんであげるが、すぐに「もういい」と言う。
でも、本当は何を考えているんだろうか。
何をしてほしいんだろうか。



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金婚式

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今年は父が80歳、母が75歳で結婚50年の金婚式の年。
こんな時ぐらい何かしてあげないと、
と、ベトナム在住の長男の一時帰国と敬老の日にあわせて、
カメラマンのバイトに忙しい長女の時間調整をし、
ささやかなお祝いの席を設けた。
まずは、父母と私、ヨーゼフ、長男、長女で写真屋さんで記念撮影。
そのあとは、本格懐石料理の席を予約してぜいたくな料理を堪能した。
父母も「長生きしてよかった」と喜んでくれた。
いやいや、まだまだ大丈夫そう。
去年より元気になってよかったなあ。
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新車

と、言っても私のではない。
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実家の80才になる父親が、私の娘の口車に乗って新車を購入した。
昨年の夏は、母が暑さにまいっていたのにつられて
何だか落ち込んでいて、私も心配していたことを思えば、
ずいぶんと前向きになって元気が出た。

娘は昨日遊びに行って、この新車に試乗をして、
誕生日プレゼントの前祝い(?!)にデジタルカメラを買ってもらい、
そして、おまけに服までちゃっかりとせしめてきた!

現在ベトナムに住んでいる息子へのおこづかいまでことづかり、
なにやら物いりの父と母。

でも二人の電話の声は、嬉々としていたなあ。。。


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「自立支援」というサービス

毎年2日は姫路の私の実家に家族で行くことにしている。
昨年の夏から母親がどうも後ろ向きで、精神的に落ち込んで
ちょっと心配だったが、少し前から落ち着いてきつつはあるけど、
どうかなあって家族で話しながら行った。
すると、今回はすっかり前向きで元気になっていたのである。

11月から週に2回1時間ずつ「自立支援」という福祉サービスを
受け始めたらしい。
その1時間は、母が自分で決めた献立で買い物をしてきて
社会福祉協議会から派遣されるスタッフの方に手伝ってもらって
食事の用意をするというサービスらしい。
おまかせで何かしてもらうことはできなくて、あくまでも
本人がしたいことをサポートする、ということらしい。
最初は、40代の自分の娘より少し年下の女性スタッフが来るというので、
きれいに掃除や片づけをしたり、献立を考えて買い物したり、
さらに材料も下ごしらえまでして、
最後の煮炊きと味付けの段階を一緒にするだけの、まるで、
お料理を教えているようで、よけい手間がかかるとか言っていた。
ところが実は、これが効をなしたらしく、生活にメリハリができて
刺激にもなり、思考がプラスになって体の調子もよくなり、
精神的にも落ち着いてきたのだった。

人間は、少しの環境の変化で気持ちの持ち方がかわり、
精神が健全になって、体が良好になっていくのだなあとつくづく思う。
おかげで父もほっと一安心で、私もほっとした。
いつか、自分の親だからと言って抱え込まずに素直に地域のサービスを上手に
お願いした方がいい、とアドアイスをもらったことがあった。
なるほど、と思う。
でも、私もあいまを縫って顔を見せに行かなくちゃ。
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親の面倒

私は一人娘。
父は79歳で母は74歳。
二人とも健在で、姫路でのんびりと暮らしている。
でも、ふたりだけでは旅行に出かけることもなくなってきた。
離れて暮らしていることもあり、今年になってからは
一ヶ月に一度は顔を見る機会を作るようにしている。
そもそもそう思ったのは、介護サービスなどに認めてもらうには
元気でふたりでいる間はまだ大丈夫、
と思っていたふたりがふと、とっても寂しそうに見えたから。

昨日も香川県に行った帰りに讃岐うどんを持って
実家に立ち寄り、夕食を一緒に食べて帰ってきた。

年齢とともに確かに、徐々に外出がおっくうになったり、
疲れやすそうな感じで、食欲もおちたりという変化はわかっていた。
でも昨日は、それだけではなく母の言動の微妙なずれに気づいた。
辻褄のあわない、よくわからないことで怒り出したりする。
やはり、ただのもの忘れとかではなく少しおかしい。。。。。

そろそろ、二人とも近くの目の届くところにきてほしいと思った。
離れて暮らしていることの後ろめたさや、
このままもし認知症とかになったときに、自分がどれぐらい面倒を
みてやれるのか、考えているとどうもあせってしまう。

父には、母も連れて地域の老人会などにはできるだけ参加するとかで、
なるべくふたりだけで家にこもらない方がいいよ、と
今朝から思わず電話をした。

いきなり一緒に暮らすのがいいのか、近所でマンションでも見つけて
引っ越してもらうのがいいのか。。。

そんなこともあり、今日は介護サービスなどの仕事をしている人に
相談したくなって、関さんにタイミングよく来週の番組のゲストを
お願いしてお話を聞いた。

自分は親と同居して面倒を見ながら、介護サービスなどに出かけて
独居老人のお手伝いをしているという関さんは、
親と暮らさない子ども達の無責任さをどう思うのだろうか。

すると、彼はこう言った。
「ヘルパーさんもたくさんいるから、地域のサービスをしっかり利用して、
実の子どもは、時々会いに行くのがちょうどいい。一緒に暮らしていると、
ついしんどくなったりして、わかっていても喧嘩にもなる。
親の面倒はある程度プロにまかせて、ときどき会って優しくするのが、
お互いのためにいい。地域コミュニティの助け合いは、そういう意味で大切。
自分は他の方のお世話を親身になってしてあげることで、救われる。」

この言葉に私は救われたのであった。
何でもひとりで抱え込まず、助け合うことの意味。
何だか肩の荷が少し軽くなった。
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