2012.05.14 (Mon)
九州湯三昧の旅
2012.05.03 (Thu)
たかとり教会
4月29日は、神田さんのお誕生日。
ちょうど日曜日ということもあって、
たかとり教会のベトナム人たちが中心になって、
バーベキューパーティが開かれた。
カトリック信者ではない私も、誘われて参加した。


この教会は、約30年前、
日本に難民としてやってきたベトナム人が
長田区に多く住み始めた頃から、
彼らを信者として受入れ、
日本人の信者とのさまざまな混乱の中から
お互いが多くのことを学び、
阪神・淡路大震災を経て、今では、
すべての信者の選挙で決められる信徒代表が、
ベトナム人だ。
神戸の震災で広がった「多文化共生」ということばを、
その15年も前から実践してきたこの教会には、
実感としての「多文化共生」が存在し、
日本の中でも先駆けて、
その豊かさを享受しているように思う。
たかとりコミュニティセンタ―は、
そのような背景から生まれた。

ちょうど日曜日ということもあって、
たかとり教会のベトナム人たちが中心になって、
バーベキューパーティが開かれた。
カトリック信者ではない私も、誘われて参加した。


この教会は、約30年前、
日本に難民としてやってきたベトナム人が
長田区に多く住み始めた頃から、
彼らを信者として受入れ、
日本人の信者とのさまざまな混乱の中から
お互いが多くのことを学び、
阪神・淡路大震災を経て、今では、
すべての信者の選挙で決められる信徒代表が、
ベトナム人だ。
神戸の震災で広がった「多文化共生」ということばを、
その15年も前から実践してきたこの教会には、
実感としての「多文化共生」が存在し、
日本の中でも先駆けて、
その豊かさを享受しているように思う。
たかとりコミュニティセンタ―は、
そのような背景から生まれた。

2012.04.22 (Sun)
『東日本大震災から1年ー外国人の「現住所」』in 仙台
4月21日、仙台のフォーラムで報告をした。
私のテーマは
「被災者がだれも排除されないために
ー経験はどのように活かされるのかー」
研究者3人の報告をうけて、
現場で支援活動にかかわる人たちと、
今後の課題について、討論をするという形だった。
16年前、阪神・淡路大震災から1年のときと比べると、
今回の震災は被害がさらに甚大で、
いまだにがれきの山が残っている所もるが、
時間がかかっている中で、
現在も被災中の原発の地域以外は、
それでも少しずつは復興が始まっている。
そのような状況では、
被災地外からきた私が、
「外国出身の住民たちの多文化の視点を活用して、
大変な中からも何かプラスの可能性を信じる」
などというようなことは言えなかったが、
被災地の人たち自身が、
少しはそのような兆しを感じているような発言があって、
少し嬉しかった。
だれもが「被災者」になってしまったときに、
マイノリティの存在がようやく見えてきて、
それは、日常的にも大切な視点であることに気づいていき、
少しずつ成熟した社会になるのだと思う。
日本の、在日コリアンの同化を強要した歴史の
延長線上に、
今の管理という視点にたった、
いわゆる「外国人施策」があるので、
日本社会が変えなければならないという意味では、
同じところに根はあるというものの、
現場のニューカマーの対応から
かかわり始めた人たちにとっては、
なかなか同じようには考えられないという意見も
よくわかる。
いずれにしても、
人の意識や社会を変えていくことは
とても時間のかかることだから、
今後も被災地で知り合った人たちとの
長いおつきあいを続けたいと改あらためて思う。
私のテーマは
「被災者がだれも排除されないために
ー経験はどのように活かされるのかー」
研究者3人の報告をうけて、
現場で支援活動にかかわる人たちと、
今後の課題について、討論をするという形だった。
16年前、阪神・淡路大震災から1年のときと比べると、
今回の震災は被害がさらに甚大で、
いまだにがれきの山が残っている所もるが、
時間がかかっている中で、
現在も被災中の原発の地域以外は、
それでも少しずつは復興が始まっている。
そのような状況では、
被災地外からきた私が、
「外国出身の住民たちの多文化の視点を活用して、
大変な中からも何かプラスの可能性を信じる」
などというようなことは言えなかったが、
被災地の人たち自身が、
少しはそのような兆しを感じているような発言があって、
少し嬉しかった。
だれもが「被災者」になってしまったときに、
マイノリティの存在がようやく見えてきて、
それは、日常的にも大切な視点であることに気づいていき、
少しずつ成熟した社会になるのだと思う。
日本の、在日コリアンの同化を強要した歴史の
延長線上に、
今の管理という視点にたった、
いわゆる「外国人施策」があるので、
日本社会が変えなければならないという意味では、
同じところに根はあるというものの、
現場のニューカマーの対応から
かかわり始めた人たちにとっては、
なかなか同じようには考えられないという意見も
よくわかる。
いずれにしても、
人の意識や社会を変えていくことは
とても時間のかかることだから、
今後も被災地で知り合った人たちとの
長いおつきあいを続けたいと改あらためて思う。
2012.03.10 (Sat)
福山市のフォーラム
毎年、この時期は講演で全国行脚になる。
3月4日も、広島県福山市に呼んでいただいて、
「多文化共生とは何か?―多様性の重視と少数者の視点ー」
というテーマでお話をした。
今回は、ナムのラップ「オレの歌」のプロモーションビデオを
上映し、後半ではナムがパネラーとしてディスカッションに参加。
ブラジル、中国、ベトナム出身の住民たちの、
まちづくりへの参画の意欲と思いを聞くことができた。

ナムは、17歳のときから自分のアイデンティティを見つめ直し、
発信することで、自分探しの旅をしてきた。
ベトナム語を学ぶためにベトナムへ、
スペインにも招待されて行ってきたし、
アメリカでは、自分のラップが通用するかどうか、試しに行った。
いろいろなところで、自分のラップを披露するが、
24歳の彼は、自分のラップという表現方法について、
原点に帰って考え直したいと、
現在ラップを人前で歌うことについて充電中である。
3月4日も、広島県福山市に呼んでいただいて、
「多文化共生とは何か?―多様性の重視と少数者の視点ー」
というテーマでお話をした。
今回は、ナムのラップ「オレの歌」のプロモーションビデオを
上映し、後半ではナムがパネラーとしてディスカッションに参加。
ブラジル、中国、ベトナム出身の住民たちの、
まちづくりへの参画の意欲と思いを聞くことができた。

ナムは、17歳のときから自分のアイデンティティを見つめ直し、
発信することで、自分探しの旅をしてきた。
ベトナム語を学ぶためにベトナムへ、
スペインにも招待されて行ってきたし、
アメリカでは、自分のラップが通用するかどうか、試しに行った。
いろいろなところで、自分のラップを披露するが、
24歳の彼は、自分のラップという表現方法について、
原点に帰って考え直したいと、
現在ラップを人前で歌うことについて充電中である。
2012.02.22 (Wed)




































