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- Author:吉富志津代
- 北海道/阿寒湖にて。ラテン大好き。市民活動が仕事。大学でも教えてます。ずっと関わってきたスペイン語の世界が今の日常の広がりに繋がっています。
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| G8 Radio Forum 2008 |
現在、下記の活動のために札幌に来ています。
FMわぃわぃの中に事務局をおいている世界コミュニティ ラジオ連盟(AMARC)日本協議会 http://sv32.wadax.ne.jp/~tcc117-org/amarcjp/ は、現在、洞爺湖で行われているG8サミットをはさんで 約10日間、世界のコミュニティラジオの記者とともに 多様な関連行事を共同で取材し、市民の目線で、貧困、 ジェンダー、平和構築、先住民の権利保障、青少年の 育成などについての番組を、世界3500を越えるAMARCに 加盟するコミュニティラジオ局が多言語で放送する 「G8 Radio Forum 2008」 http://www.g8-radioforum2008.org/ を主催しています。
ぜひアクセスしてみて下さい!
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| 冠攣縮性狭心症 |
ずーっと、私は健康で無理の利く体だと自負していた。 確かにかなり以前から、疲労がたまって肩こりが究極に達すると、 明け方に胸痛で目が覚めることが年に2〜3回あったように思う。 でも数分か10分以内で治まるからすぐに忘れていた。 そういえば、胸痛だけではなく以前から異様に左肩が 痛くて苦しかったのも無関係ではないようだ。
しかし、仕事をしながらの論文書きに続く南米出張、 それに年度末の報告などの業務が追い討ちをかけ、 ほっとする間もなく東京、名古屋、九州、四国と また全国行脚が続いた。 その間、その胸痛は回数が増え、日中に事務所で一度おこり、 先週の日曜日の夜中はきついめの胸痛に襲われ、 さすがの私もちょっと病院に行く気になったわけである。 幸い、近くに心臓外科で有名な病院があり、 ちょっと検査のつもりで行ったら、外来で待つ間に 発作が。。。。。。 そして、すぐ入院してカテーテルの検査となった。 結局、5日間の入院の結果、冠攣縮性狭心症とのことでした。 血管はきれいで動脈硬化とかではないことがわかり、 ワイン、チーズ大丈夫。 とはいえ、血液中に中性脂肪とかが増えると収縮しやすい らしい。 ふだんから、食生活にはこれでも気をつけていて野菜中心に バランスは考えてるつもりなのだけど、食べる量を減らそう。
とにかく、これからは過労に気をつけて、 無理せず管理をしようと思う。 発作は、甘く見ていたら心筋梗塞や突然死に至ることにも なるらしいから。 とりあえずは予防治療のための投薬とニトロ持参となった。
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| アレイダ・ゲバラ |
私はチェ・ゲバラの大ファン! 彼の革命への情熱と人間への果てしない優しさや 強靭な意思には心から憧れる。 ボリビアでは彼の顔入りのTシャツも買って来た。 ボリビアで彼がゲリラ活動をした期間もスペイン語で 書いてある。 その愛娘アレイダさんの日本縦断講演会が 神戸でも開催された。 東京の時も、ちょうど東京にいたので足を運んだが、 あふれんばかりの人の列で制限されて入れなかった。
神戸では、通訳の星野さんの計らいで神戸の主催者も 紹介してもらい、内輪の茶話会にも参加できた。 講演会そのものは、400名の大入り満員。

講演では、あまり本当の情報が伝わらないキューバの ことをいろいろと知った。 小児科医として仕事をし国際貢献もする彼女は力説する。 「アメリカのやり方ように、核兵器や爆弾や戦争では 本当の平和は決して訪れない。最も大切なのは、 教育と予防医学である。」
そして、私たちに呼びかける。 「キューバには物やお金は確かにない。 が、行き届いた医療サービスによって人々は健康で、 本当の意味で“幸せ”である。 そして、そのキューバが世界中に専門医を派遣して 過疎地医療や災害救援に貢献している。 貧しいキューバにできて、どうしてあなた達にできない のでしょうか?」
茶話会ではさらに、アメリカによる経済制裁や 情報操作される現状、ラテンアメリカが団結することの 意味なども話した。 力強いその語りには、決して媚びない強固な意思が 感じられる。

そして私はしっかりとTシャツに彼女のサインをもらい、 チェ・ゲバラだけではなく、すっかりアレイダさんの ファンになったのだった。

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| 姫路菓子博 |
ものすごい人手で、せっかく行ってもほとんど見れないと いううわさの姫路菓子博に行ってきた。
実家の父母と娘と4人で、すでに混んでいる姫路駅から 歩いてお城まで行き、ぞろぞろとゲートを入る。 ここまでは結構スムーズ。 最初の「兵庫のお菓子館」は少し並んだだけだった。 ここでは兵庫県のお菓子紹介と世界のイメージを お菓子で表現するなどのコーナーに続き、 帆船をかたどったお菓子などを見る。
そしてその次からは試食のできる「夢のお菓子ランド」は 190分待ちで制限され列にも並ぶことができず。 買って来たおにぎりをベンチで食べて休憩し、 お茶席でお抹茶と和菓子をいただくがこれは有料。
さらに「和の匠館」が60分待ち「テーマ館」は180分待ち。 でもあと一つぐらいは見なきゃと 「日本縦断お菓子めぐり館」には60分待ちの列に並んだ。 しかし、販売コーナーではさらにもう一度40分待ちの列 だったのであきらめる。
それにしても日本という国に住む人たちは、 根気よく、おとなしく3時間でも並んで待つということに やけに感心してしまった。 入り口まで来て入場するのをあきらめて天守閣に上って 動物園を見るだけにしたヨーゼフも、その後に合流。 姫路名物のショウガ醤油のおでんなど食べて 商店街をぶらぶら歩いてから解散となった。
でも商店街では会場でお菓子を買えなかった人たちが あちらこちらでお菓子など買い、お店に入って おみやげを買っているのを目撃。
前売り券のバラまき過ぎだと批判的だった私だが、 これだけの人がやってきて、 地域の経済効果はかなりあがったのだし、 総体的には、この菓子博は大成功なんだろう、 と思いなおしたのだった。
チョコレートのトリュフで作った地球

ブラジルのフェスタジュニーナをイメージしたお菓子

大阪のあわおこしで作った太陽の塔

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| ブラジル移住100周年 |
1908年4月28日、今からちょうど100年前、 神戸の港からブラジルへ向けた移民船「笠戸丸」が 781名の移民を乗せて南米へ向けて出発した。 全国で、そして神戸でもこれを記念してさまざまな行事が 行われている。
4月27日は、 私が深く関わってきた関西ブラジル人コミュニティの 主催するイベントのために一日中メリケンパークにいた。 岐阜県や広島などの各地から日系南米人が集まってきた。 この港から南米に渡った親や祖父母を思う彼らの心の底は どのようなものか、私には計り知れない。
でも、私自身もこの日系南米人との関わりで人生が 大きく変わったという別の感慨があった。 大学を卒業して就職したのが当時神戸にあった アルゼンチン総領事館。 その後も南米とのつながりは続き、 1990年頃からの急激な日系南米人の来日時は たまたまボリビア名誉総領事館にいた。
1995年の震災を経て、ますます多くの 日系南米人との今の市民活動が仕事となり、 さまざまな日常へと広がる。 そしてそれを機に大学院に進学、 博士論文の研究テーマもブラジル人の自助組織を 事例とした多文化共生政策。
100年前の南米への移民政策という歴史がなかったら、 1990年の入管法一部改正による「デカセギ」という 現象がなかったら、今の私はまったく違う人生を 歩いていたかもしれない。
ラテンが好きで、スペイン語を学び、 歴史的背景と経済状況との関わりの中で今の私がある。 私の活動持論の責任のためにも、 今後の自助組織のあり方を問い、 課題を考えて見極めてみたいと思う。
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