2009.11.17 (Tue)
韓国報告
韓国出張からだいぶ経ってしまった。
帰国後、なんだかいろいろとお話しする機会がたくさん続き、
ちょっと書く余裕ができなかったのだ。
今回の主目的は
「ソーシャル・デザイナー 韓日ワークショップ
ソーシャル・デザイナー、新しい社会革新を実験する」
というタイトルのフォーラムで日本の事例として
多文化を活かした新しいコミュニティビジネスの話を
することだった。



韓国には、政府が「社会的企業」を認定する制度があり、
認定されると国から補助金がでるとのこと。
日本で私たちが言っている「社会的起業」とは、
「きぎょう」の漢字も違う。
市民活動を、コミュニティビジネスという手法で行い、
社会を変えるという趣旨は似ているのだが、
韓国のいろいろな事例をきいていると、
ユニークなアイデアに感心したりはするものの、
少しニュアンスはちがうかもしれない。
とはいえ、日本よりは「市民運動」も盛んで、
ひとりひとりの住民意識もかなり高いように感じる。
28日から韓国に来て、「メディアアクト」や
「カンアクメディアセンター/カンアクFM」を訪問し,
北海道G8サミットで一緒に活動したアンビョンチョンにも
再開することができた。



さて、 韓国に私を呼んでくださった「希望製作所」は、
中間支援組織としてあらゆる市民活動を促進している。
兵庫県でいうと、「市民活動センター神戸」と
「ひょうごボランタリープラザ」のふたつの機能が
合体された上に、コンサル機能も加わったという感じ。
これを一人の弁護士さんが、一念発起して始めたのだから、
かない本気なのだと思う。
韓国では、まだ市民活動の中間支援組織は少ないらしい。



また、今回の韓国は2年ぶりだったのだが、
前回は行けなかった東大門のあたりに宿泊して、
その活気に圧倒されてしまった。
何しろ繁華街のファッションビルが軒並み午前5時ごろまで
オープンしているぐらいなのだ。
いろいろな意味で韓国はすごい!







そして、いつものように、おいしいものがたくさんおなかの中に。。。。。
帰国後、なんだかいろいろとお話しする機会がたくさん続き、
ちょっと書く余裕ができなかったのだ。
今回の主目的は
「ソーシャル・デザイナー 韓日ワークショップ
ソーシャル・デザイナー、新しい社会革新を実験する」
というタイトルのフォーラムで日本の事例として
多文化を活かした新しいコミュニティビジネスの話を
することだった。



韓国には、政府が「社会的企業」を認定する制度があり、
認定されると国から補助金がでるとのこと。
日本で私たちが言っている「社会的起業」とは、
「きぎょう」の漢字も違う。
市民活動を、コミュニティビジネスという手法で行い、
社会を変えるという趣旨は似ているのだが、
韓国のいろいろな事例をきいていると、
ユニークなアイデアに感心したりはするものの、
少しニュアンスはちがうかもしれない。
とはいえ、日本よりは「市民運動」も盛んで、
ひとりひとりの住民意識もかなり高いように感じる。
28日から韓国に来て、「メディアアクト」や
「カンアクメディアセンター/カンアクFM」を訪問し,
北海道G8サミットで一緒に活動したアンビョンチョンにも
再開することができた。



さて、 韓国に私を呼んでくださった「希望製作所」は、
中間支援組織としてあらゆる市民活動を促進している。
兵庫県でいうと、「市民活動センター神戸」と
「ひょうごボランタリープラザ」のふたつの機能が
合体された上に、コンサル機能も加わったという感じ。
これを一人の弁護士さんが、一念発起して始めたのだから、
かない本気なのだと思う。
韓国では、まだ市民活動の中間支援組織は少ないらしい。



また、今回の韓国は2年ぶりだったのだが、
前回は行けなかった東大門のあたりに宿泊して、
その活気に圧倒されてしまった。
何しろ繁華街のファッションビルが軒並み午前5時ごろまで
オープンしているぐらいなのだ。
いろいろな意味で韓国はすごい!







そして、いつものように、おいしいものがたくさんおなかの中に。。。。。
2009.10.21 (Wed)
韓国訪問予定
10月28日から、今度は韓国に行きます。
希望製作所というところが30日に開催するフォーラムで
お話をするためです。
http://www.hopemaker.org/
(日本と韓国にこの団体はあります)
せっかくなので、TCCと、活動提携を結んでいる
ソウル大学日本研究所や
メディアアクトも訪問する予定です。
またこのブログで報告します!
希望製作所というところが30日に開催するフォーラムで
お話をするためです。
http://www.hopemaker.org/
(日本と韓国にこの団体はあります)
せっかくなので、TCCと、活動提携を結んでいる
ソウル大学日本研究所や
メディアアクトも訪問する予定です。
またこのブログで報告します!
2009.09.30 (Wed)
階下の部屋改装完了!
うちの家は、築40年以上の古い伝統的日本家屋だ。
広い縁側があって、平屋で、床の間も書院造りで、お風呂は檜風呂。
その家が改装されていたのを購入してから6年が経った。
この家には広い庭があって、縁側からは瀬戸内海が見渡せる。
この景色に魅了されて購入した。
そして、この家には庭を下の方に回って行ったら階下に部屋がある。
以前は茶室に使っていたらしいが、購入してからずっと物置に
なっていた。
これを一念発起してようやく改装してゲストルームにした。
ちゃんと玄関もあって、トイレ付きのよい部屋になった。
保存状態のよくない物置では、おいているものもどんどん
汚くなって虫にもくわれて、ずっと気になっていたから、
すごくすっきりした。
実はこの部屋の改装を思い切らせてくれたのは、両親だった。
もう82才と77才になる両親は姫路で二人で暮らしているけれど、
そろそろ不安にもなってきたし、今後のことを考えたら、
いざとなったら自分の居場所がある、と少し安心するためにも
ここの改装を提案してきた(のだと思う)。
ひとり娘の私は、そろそろ親のことを考えた生活を、と
思っていたわけで、着工の運びとなった。
これからも元気でいてほしいけど、
人間いつかは寿命をまっとうするわけで、
実際にこの部屋に住むようになるのかどうかは疑問もあるし、
ヨーゼフの言うように、私が親の家に通うか住むようにした方が
両親は落ち着くのだろうけど、
まずは、前向きに両親のこれからの生活を具体的に考える
段階にはいったということなのだと思う。
自分も順繰りにこういうふうに年を取っていくのだろうな、と
以前は実感のなかった自分の老後も感じるこのごろである。
広い縁側があって、平屋で、床の間も書院造りで、お風呂は檜風呂。
その家が改装されていたのを購入してから6年が経った。
この家には広い庭があって、縁側からは瀬戸内海が見渡せる。
この景色に魅了されて購入した。
そして、この家には庭を下の方に回って行ったら階下に部屋がある。
以前は茶室に使っていたらしいが、購入してからずっと物置に
なっていた。
これを一念発起してようやく改装してゲストルームにした。
ちゃんと玄関もあって、トイレ付きのよい部屋になった。
保存状態のよくない物置では、おいているものもどんどん
汚くなって虫にもくわれて、ずっと気になっていたから、
すごくすっきりした。
実はこの部屋の改装を思い切らせてくれたのは、両親だった。
もう82才と77才になる両親は姫路で二人で暮らしているけれど、
そろそろ不安にもなってきたし、今後のことを考えたら、
いざとなったら自分の居場所がある、と少し安心するためにも
ここの改装を提案してきた(のだと思う)。
ひとり娘の私は、そろそろ親のことを考えた生活を、と
思っていたわけで、着工の運びとなった。
これからも元気でいてほしいけど、
人間いつかは寿命をまっとうするわけで、
実際にこの部屋に住むようになるのかどうかは疑問もあるし、
ヨーゼフの言うように、私が親の家に通うか住むようにした方が
両親は落ち着くのだろうけど、
まずは、前向きに両親のこれからの生活を具体的に考える
段階にはいったということなのだと思う。
自分も順繰りにこういうふうに年を取っていくのだろうな、と
以前は実感のなかった自分の老後も感じるこのごろである。
2009.09.13 (Sun)
多文化共生全国見本市
第2回 多文化共生地域会議〜多文化共生全国見本市〜が、
9月11,12日に全国市町村国際文化研修所(JIAM) にて開催された。
http://www.jiam.jp/workshop/seminar/21/tr09107.html
これは、(特活)多文化共生マネージャー全国協議会(NPOタブマネ)が
主催したもので、私も理事のひとりである。
残念ながら1日目の発表には参加できなかったが、
2日目の発表とパネルディスカッションにパネラーとして参加して
阪神・淡路大震災からの15年に思いを馳せた。
今の自分のライフスタイルは、あの震災で変わった。
自分の国籍やら所属やら環境やら性別に関わらず、
みんなが被災者になった震災だった。
その後の復興に関わる過程で、私にとって大きく変わったのは、
やはり市民活動が自分の仕事になったということと、
多言語コミュニティラジオ局FMわぃわぃ立ち上げの仲間のひとりと
結婚したことだろう。
そして、この活動の過程でに大学院博士課程を修了するなんてことは、
予想外のことだった。
状況変化以外に、私の認識も大きく変わった。
日系南米人との色濃いおつきあいは領事館勤務時代からのものだが、
私がたまたまスペイン語に関係しているから生じる特別な関係だと
思っていたことが、
実はそれ以外の外国にルーツをもつ多様な住民との、
誰にでも関係のある現象だと気づいたこと、
自分の住んでいる地域の「自治」という、以前は「めんどうだ」と
思い込んでいたことが、大切で楽しいことだということ、
地域の多様さというのは、外国に関わることだけではないということ、
どんな人にもその人ならではのすばらしい「力」があること、
その「力」が、まだまだ社会に活かされていないこと、 などなど。
12日のパネルディスカッションでは、
「多文化共生社会」という言葉が震災を機に広がって15年が経ち、
その意味が、いわゆる外国人支援のことではなく、
すべての地域社会のことだということに
多くの人も気づいてきたのだという時の流れを感じた。
性別、しょうがい、国籍、ルーツ、病気、経済状況、職業、被差別部落。。。。
さまざまな理由で排除されている少数者たち、
誰もが、自分もあるときは少数者側にいる場合もある。
「誰もが自分に誇りを持ち、自分が活かされる、人権が守られた社会」
おそらくまだまだ完成型にはならないであろう社会をめざして、
これからも毎日、小さな実感をともなうしかけづくりにいそしむのだろう、
とあらためて思う。
そのプロセスに関わる自分の仕事にも誇りをもとうと思う。
9月11,12日に全国市町村国際文化研修所(JIAM) にて開催された。
http://www.jiam.jp/workshop/seminar/21/tr09107.html
これは、(特活)多文化共生マネージャー全国協議会(NPOタブマネ)が
主催したもので、私も理事のひとりである。
残念ながら1日目の発表には参加できなかったが、
2日目の発表とパネルディスカッションにパネラーとして参加して
阪神・淡路大震災からの15年に思いを馳せた。
今の自分のライフスタイルは、あの震災で変わった。
自分の国籍やら所属やら環境やら性別に関わらず、
みんなが被災者になった震災だった。
その後の復興に関わる過程で、私にとって大きく変わったのは、
やはり市民活動が自分の仕事になったということと、
多言語コミュニティラジオ局FMわぃわぃ立ち上げの仲間のひとりと
結婚したことだろう。
そして、この活動の過程でに大学院博士課程を修了するなんてことは、
予想外のことだった。
状況変化以外に、私の認識も大きく変わった。
日系南米人との色濃いおつきあいは領事館勤務時代からのものだが、
私がたまたまスペイン語に関係しているから生じる特別な関係だと
思っていたことが、
実はそれ以外の外国にルーツをもつ多様な住民との、
誰にでも関係のある現象だと気づいたこと、
自分の住んでいる地域の「自治」という、以前は「めんどうだ」と
思い込んでいたことが、大切で楽しいことだということ、
地域の多様さというのは、外国に関わることだけではないということ、
どんな人にもその人ならではのすばらしい「力」があること、
その「力」が、まだまだ社会に活かされていないこと、 などなど。
12日のパネルディスカッションでは、
「多文化共生社会」という言葉が震災を機に広がって15年が経ち、
その意味が、いわゆる外国人支援のことではなく、
すべての地域社会のことだということに
多くの人も気づいてきたのだという時の流れを感じた。
性別、しょうがい、国籍、ルーツ、病気、経済状況、職業、被差別部落。。。。
さまざまな理由で排除されている少数者たち、
誰もが、自分もあるときは少数者側にいる場合もある。
「誰もが自分に誇りを持ち、自分が活かされる、人権が守られた社会」
おそらくまだまだ完成型にはならないであろう社会をめざして、
これからも毎日、小さな実感をともなうしかけづくりにいそしむのだろう、
とあらためて思う。
そのプロセスに関わる自分の仕事にも誇りをもとうと思う。
2009.08.15 (Sat)
インドネシア報告(4)
8月7日(金)
早朝の飛行機でジャカルタへ。そしてそのままJICAインドネシアの
事務所へ報告。
ここは横川さんにお任せして、コンバインと現地スタッフが
直接つながりをもつことができたので、OK。

その後は昼食、そしてジャクサ通りを散策して
夜はパダン料理でイマムと今後の打ち合わせをした。





8月8日(土)
偶然メールをしてきたインターン希望のインドネシアの大学院生が、
ちょうど本日開催する子どもたちのワークショップを
見学にこないかとのことで、ホテルまで迎えにきてもらう。
到着したのは環境の森美術館。
そこに集まったのは、比較的上流階級の家族たち。
森を探索した後は、用意された木の実で作る絵画。
準備を大人たちがして、きれいな環境で与えられた創作をこなす。
どこか日本的な教育環境と重なるものがあった。
こういう子どもたちが政府高官などになって社会を
牛耳るのだろうか。




食べ納めにスープ料理をたべて、夜の便でシンガポール経由にて
無事に帰国。

早朝の飛行機でジャカルタへ。そしてそのままJICAインドネシアの
事務所へ報告。
ここは横川さんにお任せして、コンバインと現地スタッフが
直接つながりをもつことができたので、OK。

その後は昼食、そしてジャクサ通りを散策して
夜はパダン料理でイマムと今後の打ち合わせをした。





8月8日(土)
偶然メールをしてきたインターン希望のインドネシアの大学院生が、
ちょうど本日開催する子どもたちのワークショップを
見学にこないかとのことで、ホテルまで迎えにきてもらう。
到着したのは環境の森美術館。
そこに集まったのは、比較的上流階級の家族たち。
森を探索した後は、用意された木の実で作る絵画。
準備を大人たちがして、きれいな環境で与えられた創作をこなす。
どこか日本的な教育環境と重なるものがあった。
こういう子どもたちが政府高官などになって社会を
牛耳るのだろうか。




食べ納めにスープ料理をたべて、夜の便でシンガポール経由にて
無事に帰国。




